第53話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、私服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「お前は今日も夏期講習か」
「そうだよん。日程丸被りだね、違う塾に通ってるのに」
「まったくだな」
こんな田舎なのに塾も被らないとか妙に縁のない話だが、今更こいつと塾とかで一緒になってしまうと変に気を使ってしまいそうだ。
他の人達を前にすると、いつものバカみたいな話が出来なくなってしまう気がするからな。
「ね、ニュースキャスターとかアナウンサーって凄いよね」
「憧れてるのか?」
「だってさ、何か大きな事件とか大災害が起きてもさ、慌てずに冷静に原稿読んじゃうんだもん」
それが仕事だからと言ってしまえばそこまでだが、ニュース番組で様々なニュースを伝えるアナウンサーも勿論のこと、バラエティ番組で様々な無茶ぶりに振り回されるアナウンサーもすごいと思う。俺には到底出来そうにないが。
俺は隣に立つ彼女をチラッと見る。
……コイツがアナウンサーに?
すると俺の視線に気づいた彼女が、不機嫌そうにムッとした表情で言う。
「何その顔。私みたいなちんちくりんにアナウンサーに向いてないって言いたいの?」
「一言一句違わない」
「なにをぉ。んじゃあシミュレーションしよ」
「好きだな、シミュレーション」
「皆さんおはこんばんちは」
「ア〇レちゃんみたいな挨拶だな」
「でまかせニュースの時間です」
「すぐBP〇行きだそんなもん」
「本日未明、行方不明になっていた私の体操服がベッドの下から発見されました」
「内容が個人的過ぎるだろ」
「私の体操服を誘拐した犯人は今も私の部屋を占拠しているとのことです」
「そりゃお前の部屋だからだろうが」
あとなんだ、そのアンニュイな角度は。滝川クリ〇テルみたいになってんぞ。今の若い子達にはわからんだろ。
「続いてはスポーツコーナーです」
「あるよな、そういうコーナー」
「私が贔屓にしていたチームが負けたので飛ばします」
「自己中心的過ぎるだろ」
「続いては天気予報です。今週末、世界は滅びるでしょう」
「今週末っていうか終末だろうがそんなの」
「では皆さん、今日も良い一日を!」
「もうすぐ世界が滅びるのに!?」
流石はでまかせニュース。口からでまかせばっかりだった。
「私達も何かニュースとかに出てみたいよね」
「勿論良いことでな」
「困ってる人を助けて、感謝状を貰ったりね」
「ニュースで結構見るな」
「だから君、ちょっと困った事態に陥ってよ」
「感謝状を貰うために誰かを不幸に陥れようとするな」
「あと、何かすごいことを成し遂げたらニュースになるよね。特にスポーツとか」
「俺達には無縁だな……」
「グスン……」
「泣くな泣くな」
コイツはテレビに出てみたい願望でもあるのだろうか。こんなにマスコット感があると、何かしらのSNSでバズりそうな気もするが。
こんな田舎だと、そもそもそういうSNSに触れている人も少ないが……。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
あいつの変顔集をまとめて動画サイトに投稿すれば、結構な再生数を稼げるかもな。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「永野は今日も塾か」
「あぁ、そうだ。お前は?」
「バイト」
「大変だな、こんな暑い中」
「いやいや、ガンガンに冷房が効いたお屋敷で、お嬢様相手に家庭教師するだけの簡単なお仕事だ」
「良いバイトしてるな、お前は」
新城は塾こそ行っていないらしいが、そういうバイトをしているから良い成績を残せるのだろうか。
目的は全然違うはずなのに、夏休み期間中もこうやって出会うなんて、新城はストーカーなんじゃないだろうか、少し怖い。
「永野はバイトとかしないの?」
「そんな暇があるなら勉強しとけって親がうるさいものでな。お前は良いよな、お小遣いが増えて」
「いや、でも俺が教えてるお嬢様も遠い親戚だからバイト代ないんだよ」
「ボランティアか」
「でもお屋敷でご馳走食わせてもらえるし、美味しいスイーツを食べられる。何よりかわいい女の子と一緒に過ごせる。こんな最高の仕事、他にはないぞ」
コイツはコイツで青春を楽しんでいるのだな、うん。




