第52話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。モノトーンの私服姿の彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「今日から夏休みだねー」
「相変わらず塾に通う毎日だがな」
「もうお金ほしいぐらいだよね。一日十万ぐらい」
「闇バイトにも程があるな」
「でも勉強できるんだったら良いお仕事かもね」
何事も刺激がないと面白くないもんね。この時期の塾って模試に向けた復習ばっかりだから飽き飽きしちゃうけどね。
すると、今日も彼の方から話を振ってきてくれた。
「なぁ、お前は幽霊とか信じるか?」
「夏らしいお話だね。ちんのもろだよ」
「確かに、お前って怖がりっぽいもんな」
「なにをぉー」
私はそんなに霊感強くないけど、聞いてる分には面白いよね、怖い話。聞いても全然怖くないけれど、どういうわけか夜は眠れなくなっちゃうけどね、不思議だね。
「ここら辺って結構廃墟多いだろ」
「確かにね。しかも結構良い雰囲気の廃墟ばっかり。私の家の近所の森の中にもね、廃墟になったラブホあるよ。行ってみない?」
「微妙に雰囲気無いな、ラブホ跡地の心霊スポットなんて」
「でも腹上死した人のお化けがいっぱいいるかもじゃん?」
「そんなお化けに出会いたくない」
幽霊って和服とかワンピースとか何かと雰囲気のある格好してるけど、たまには素っ裸の幽霊がいてもおかしくないと思うんだよね。それでボンキュッボンな感じの。
「どうして心霊スポットってあんなに人気なんだろうな。ここら辺でも高校生とか大学生が肝試ししていることが多いみたいだが」
「そらやっぱ盛り上がるからでしょ。デートにも良いと思うよ」
「どうだかなぁ」
「んじゃ肝試しデートのシミュレーションしよ。君は彼氏役ね」
「あいわかった」
「私は幽霊役するから」
「俺の彼女はどこに行ったんだ?」
「ひぃぃぃぃ人間だぁぁっ!?」
「お化けが人間にビビってるんじゃない」
多分、幽霊も怖い人を見かけたらビビってると思うけどね。最恐の心霊スポットに警察とか軍隊の特殊部隊が突入したらどうなるか、ちょっと気になるもん。
「でもさ、そういう心霊スポットに勝手に入ると捕まっちゃうんだよ? ねぇねぇ知ってた?」
「ちんのもろだ」
「何その返事」
「お前もやってただろうが!」
私が最初に言ったのに何もツッコんでくれないから面白くないよね。私ってそういうことを素面で言うのが当たり前って思われてるのかな。
「確かに不法侵入は犯罪になるから、そのためにお化け屋敷とかがあるんだろ」
「じゃあ今度はお化け屋敷デートのシミュレーションしよ。君は彼氏役ね」
「任された」
「私は外で順番待ちの行列に並んでるお客さん役するから」
「俺の彼女はどこに行ったんだ?」
「あと五時間待ちかぁ」
「どれだけ人気アトラクションなんだよ」
仮にこの人と一緒にお化け屋敷に行くとして、それって面白いのかなぁ。この人って霊感ないらしいけど、全然ビビらないかものすごくビビっちゃうかの両極端な二択だと思うね。
「幽霊も自分達の存在がテーマパークのアトラクションとして扱われているのはどういう気持ちなんだろうな」
「見世物小屋みたいなものだからね。だから心霊スポットに行くと幽霊は怒っちゃうのかも。でも私、幽霊になったら色んな人の着替えを覗きに行っちゃいそうだけど」
「お前は中身がエロじじい過ぎるな」
でもそういう場所って全然幽霊いないから、やっぱり幽霊って実在する気がしないんだよね。この世に未練があれば幽霊になれるんだったら、女の子の裸を見たくてたまらないおじさんの幽霊とか露出狂のおじさんの幽霊が彷徨っていてもおかしくないもんね。
どちらにしろ、私は出会いたくないけど。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの怖い顔を作って見せた。
お、ちょっとギョッとしてくれたかも。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
はぁ、夏休みも岩川ちゃんの姿を拝めて眼福だね。すると岩川ちゃんは携帯扇風機を片手に口を開く。
「夏休みもしょっちゅう会うと、あまりお休みって感じがしないね」
「海とか行きたいよねー」
「サボっちゃう?」
「岩川ちゃんからそんな言葉出てくるとは思わなかった」
「ふふ、そうかな。でも怒られちゃうもんね、サボっちゃうと」
どうしてかわからないけれど、たまに学校とか塾をサボりたくなっちゃう気分の時もある。
でも不思議と、毎朝あのバス停まで歩くのは、全然苦痛じゃないんだよね。
なんでだろ。




