表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/96

第50話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、私の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。夏らしい白シャツの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。


 「お前って、何か悪いことしたことあるか?」

 

 最近、彼の方から話しかけてくることが増えてきてなんだか嬉しいね。


 「うん、あるよ」

 「じゃあ、俺に明かせる一番の悪事は?」

 「この世に生まれてきたこと」

 「もっと誇りに思って良いんだぞ」

 

 今更だけど、結構優しいよね、この人。


 「冗談。夕飯のおかずのつまみ食いとかかな」

 「お前はもっと悪事を働いてそうなんだがな」

 「君に明かせる範囲だとそれぐらいなんだよね」

 「なんだと……!? まさかお前、転売ヤーだったりするのか?」

 「なんでそんな悪事がピンポイントなの」


 悪事を働くならもっと真っ当なのが良いよね。いや、真っ当な悪事って何?


 「ちなみに、君の一番の悪事って何?」

 「人を殴ってしまった」

 「へ? 君が? 殴ったの?」

 「あぁ。一人の女を巡ってな……」


 何か意外過ぎる悪事が急に明かされたんだけど。


 「ね、それどゆことどゆこと?」

 「昔な、俺はよくいとこの姉さんの家に遊びに行ってたんだが」


 どんだけいとこのお姉さん好きなの、この人。


 「ある日な、俺は姉さんとお医者さんごっこをしていたんだが」

 「めっちゃいかがわしいごっこ遊びしてるじゃん」

 「突然、姉さんの家に一人の男が訪ねてきたんだ。姉さんと同い年ぐらいの。そして姉さんを見るやいなや、急に姉さんと喧嘩を始めたんだ」

 「何だか穏やかじゃないね」

 「俺はもう怖くて失禁しそうだったんだが、急に男が姉さんを殴ったように見えたんだ」

 「うわぁ」

 「俺はいてもたってもいられなくなって、男に殴りかかったんだ」

 「それでそれで?」

 「という劇だったんだがな」

 「は?」


 何か急に信じられない言葉が彼の口から放たれたんだけど。


 「まぁ、そういう内容の演劇の練習だったんだ」

 「え、ちょっと待って。今までの話はなんだったの?」

 「いや、姉さんは昔演劇をやってたんだがな。その練習に付き合わされてたんだよ、俺」

 「あ、そういう内容の演劇の練習の一幕だったんだ、今の。君は何の役だったの?」

 「姉さんが実の父親と作らされて、中学の時に産んだ息子役」

 「役が重すぎるって」


 どんな内容の演劇に付き合わされてるのさ、ほんとに。こっちはちょっとドキドキハラハラしたのにさ。


 「でも、演技で殴ったんだったらノーカンじゃない?」

 「いや、本当は殴るフリのはずだったんだが、小学生だった俺は本当に姉さんが危ないと思って、本気で殴ってしまったんだ」


 小学生でそんな役させられてたんだ。


 「俺があまりにも本気だったもんで、一時期は俺が姉さんの隠し子って疑われてたな」

 「そのお姉さんって結構年上なの?」

 「十個も離れてないぐらいだが」

 

 じゃあ今、そのいとこのお姉さんは二十代半ばから後半ぐらいなんだね。どんな人かわからないけれど、多分この人、お姉さんに夢中だよね。どんな美人さんなんだろ。


 「でも、君ってそんなに悪いことしなさそうだよね。いかにも品行方正って感じ」

 「そうか? 俺は自分が何かしらの罪を犯さないとは言い切れないが」

 「いや言い切ってよ、怖いから」

 「まぁ自分の未来のことなんてわからないからな。お前はちっちゃい悪事をいっぱい働いてそうだが」

 「なにをぉ。君のお弁当をいっぱい盗み食いしてやるもん」

 「残念だが、最近は学食で済ませることが多いんだ」

 「じゃあ君がご飯を食べてる途中で財布を盗んで、食い逃げせざるをえない状況を作ってあげる」

 「学食で食い逃げさせようとするんじゃない」



 そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。

 私の変顔を見て愛想笑いもしてくれないのは、結構な悪事だと思うけどね、私は。


 そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。


 「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」

 「グッドモーニング、都さん」


 岩川ちゃんはとても悪事なんて働きそうにない子だよね。彼の妹、風香ちゃんは……多分彼とは違うよね。


 「ね、岩川ちゃん。何か悪いことしたことある?」

 「羅針盤の発明かな?」

 「そりゃ新大陸とか植民地支配された人達からすればかなりの悪行かもしれないけどさ」


 その、ちょっとツッコミするのに頭を使いそうなボケやめて。ツッコめなかったら悲しくなりそうだから。


 「でもね、悪いことをしたなら、神様に懺悔したら許してくれるよ」

 「流石はシスター」

 「神様も法律には敵わないけどね」


 私も何か悪事を働いてしまったら岩川ちゃんに懺悔してみよ。聞いてもらえるかわからないけど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ