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第5話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。


 「あのさ、神様って信じる?」


 とうとう本性を現したな、コイツは。毎朝俺に声をかけて段々と距離を近づけてきたのは、宗教勧誘が目的だったのか。


 「高い壺でも買わせるつもりか?」

 「いやいや、最近はそういうの減ってきたから。勧誘ノルマとかもないし。入会費と年会費だけ払ってくれたら良いよ」

 「そうか。じゃあな」

 「ちょっと待ってちょっとストォップ! そういうつもりじゃなくてさ、昨日の学校帰り、神社にお参りに行ってきたんだよ。もうすぐテストもあるからさ」

 

 成る程、学業成就のお参りか。俺も高校受験の時にあしげく通った覚えがある。


 「お前は神様に頼らないといけないぐらいの学力なのか?」

 「いや、普段から通ってないと神様に忘れられちゃうかなと思って」

 「んで、自分の頭が良くなりますようにって願ったのか?」

 「うん。あとついでに、誰かさんが地獄に落ちますようにってね」

 「そうか。その誰かさんとは誰のことだ?」

 「んでね、お守りも買ってきたんだけどさ」


 そう言うと、彼女は鞄につけたお守りを俺に見せてきた。


 『安産祈願』


 俺は自分のメガネを外して目をこすって、そしてメガネを戻してもう一度お守りを見る。


 『安産祈願』


 うん、見間違いではないようだ。

 俺は顔を上げて、とぼけた表情の彼女に向かって言う。


 「お前バカか?」

 「なにをぉ、バカじゃないもん。隣の箱に入ってたのを間違って買っちゃっただけだもん」

 「巫女さんに何か言われなかったのか?」

 「何かチラチラ見られてる気はしたけど」

  

 その時、巫女さんは一体何を思っていたのだろう。まぁ親戚とか家族に産期が近い人がいたら、買う人もいるだろうけれど。こんな幼女みたいななりした奴が買いに来たらビビるだろう。


 「でもさ、せっかく買っちゃったから付けないわけにもいかないし」

 「変な勘違いされないといいな」

 「ま、その時は誰かさんとデキちゃったって言っとくから」

 「そうか。その誰かさんとは誰のことだ?」

 「んでさ、君って神社とかお参りに行ったりする?」

 「初詣ぐらいだな」

 「へぇ、君みたいな人でも初詣に行くぐらいの心構えがあるんだね」


 なんだかわからんが、俺はコイツに舐められているような気がする。良いだろ、俺が初詣に行こうが行かなかろうが。


 「俺は神社の建築とか雰囲気には興味があるが、お守りとかおみくじとかの類にはあまり興味がないな」

 「そうなの? おみくじ引くの、楽しくない?」

 「今年、初詣の時に引いたら大凶だったな」

 「わーお。何か良いことあった?」

 「お前と出会ったことだな」

 「私との出会いが大凶だって? おぉん?」


 ズカズカと彼女は俺の脇腹を強めに小突いてくる。まぁ、大凶と言うには見た目がファンシー過ぎるかね。コイツが疫病神というわけでもあるまい。


 「お前はおみくじ引いたのか?」

 「うん、末吉」

 「中途半端だな」

 「なにをぉ。恋愛運は今が最高潮だって書いてあったもん」

 「それが最後のモテ期ってことだな。残念だったな、お前にもう二度と出会いなどない」

 「ひどい神様出てきた」


 そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。

 うむ、今日も相変わらず間抜けな変顔だ。



 やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。


 「ねぇ永野、神様って信じる?」

 「俺は自分が神様だと信じて疑わないが?」

 「自分という存在が世界を観測することが出来ないなら、そもそもこの世界は無いも同然って意味?」

 「まぁ、それに等しいな」


 今日は神様デーなのだろうか。そういえば新城は寺社仏閣巡りも趣味にしていたっけか、かといって変な宗教にハマらなければ良いが。


 「この前さ、良い神社見つけたんだけど、今日の帰りに行ってみない?」

 「どんな神社なんだ?」

 「全然人が寄り付かなさそうな山の中にあるんだけどね」

 「その時点であまり行きたくなくなったんだが」

 「神社自体は鳥居も倒れてて建物もボロボロなんだけど、近くに凄く綺麗な滝があるんだよ。人を突き落としたら丁度死んじゃいそうな」

 「丁度死んじゃいそうな?」

 「ねぇ永野。滝の上から見る景色は最高だと思うから、一緒に見に行こうよ」

 「お前、あわゆくば俺を滝壺に突き落とそうとしてないか?」

 「大丈夫だよ、証拠は消しとくから」

 

 俺は新城に何か恨みを持たれてしまうようなことをしでかしてしまったのだろうか。こんな優男に恨まれるなんて余っ程だぞ。

 いや、これが大凶おみくじの末路だというのか。


 果たして俺は、明日もあのバス停で彼女に会うことが出来るのだろうか……。

 


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