第43話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「そろそろ隕石が降ってきそうな季節じゃない?」
「まだ五月だが?」
「どの月でもおかしいと思うけどね」
自分で言っといて自分でツッコむんじゃない。
「ねね、どこか行ってみたい国とかある?」
「インドだ」
「へぇ意外。どして?」
「悟りを開きたい」
「煩悩の塊だもんね、君」
多分俺がお寺なんて行ったらお坊さんにぶん殴られるだろうな。彼女も大概だと思うが。
「お前はどこに行ってみたいんだ?」
「エジプト」
「ピラミッド見に行きたいのか?」
「ううん、ミイラになりたいの」
「確かに本場かもしれんが」
俺とは違う死生観を持っているのだろうか、コイツは。
「昔の人ってさ、あんな感じでミイラを作ったら輪廻転生みたいな感じで新しい人生を迎えられると本気で思ってたのかな」
「科学が発達した今の時代でも、そこら辺はまだわからないからな。前世も来世もあるのかわからん」
「君は来世も男として生まれたい?」
「勿論だ」
「どして?」
「出産したくない」
「切実な願いだね」
最近は痛くない方法もあるらしいが、未だに母子共々命を落とす可能性はあるし、もっと安全な方法が生み出された世界だったなら、男じゃなくてもいいかもしれない。
「お前はどうなんだ?」
「私も男かなぁ」
「なんでだ?」
「生理」
「切実な願いだな」
いとこの姉さんや風香のように、身近に女性が多いとその苦しみを直接経験することこそないものの、間近で見ることになるからな。
「でもさ、皆に可愛がられるってのも悪くないんだよね」
「それはまず可愛いことが前提だろ」
「お? 私のこと可愛いって?」
「孔明の罠だったか……」
コイツのことを可愛いと認めると、なんだか負けた気分になってしまう。特に、こいつのしてやったりという感じのニヤニヤ顔を見ていると余計に。
「でもさ、来世は鳥になるってのも悪くないかも」
「ひよこか」
「なにをぉ。鶏まで成長するもん」
「そして、ただただ養鶏場で卵を産む機械に成れ果てるんだな」
「悲しいね……」
養鶏場に大量に並んだ鶏を見ていて、こういう動物も心とか持ってるんだろうかと考えると、悲しいというかむなしいというか、複雑な気分になる。卵美味しいけど。
「鶴とか大鷲とかいいかもな」
「渡り鳥になって旅行してみたいね」
「旅行気分ではないと思うがな」
「でもさ、野生動物って自分で狩りとかしないといけないから大変だよね」
「自然の摂理だな」
「あ、ちょっとシミュレーションしようよ」
「意味はあるのか、そのシミュレーションに」
「私が鳥やるからさ、君はアイスを持った観光客やって」
「人間から奪おうとするんじゃない」
「バサバサッ! バサバサッ!」
今、俺の目の前で、とても高校生とは思えない体格の女子が、腕をブンブンと大きく振って鳥の真似をしている。なんと滑稽な絵面なのだろう。
「狩りをするのが嫌なら、いっそのこと動物園で飼育されるのはどうだ?」
「皆から裸を見られるってのも悪くないかもね」
「裸という感覚ではないと思うがな」
「んじゃ私、飼育されてるフラミンゴやるから……」
「脱ぐな脱ぐな」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
お、アイツ、今日はフラミンゴの真似をしているぞ。そういう路線も悪くないかもな、面白くないのは変わらないが。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁ永野。俺の前世、ロベスピエールだったらしい」
「なんだ急に」
「昨日、占い師に占ってもらったんだよ」
自分の前世がロベスピエールだったって言われても嬉しくないだろ。
「んでな、来世もわかるんだと」
「すごい占い師だな。来世は何になる予定なんだ?」
「ダントン」
フランス革命を支え過ぎだろ。
「永野、お前の前世ってなんだったんだ?」
「知ってるわけないだろ」
「フジツボか?」
「せめて人間でいさせてくれ」
嫌だな、岩に張り付いているだけの人生は。それなら鳥になって、大空を羽ばたいている方がよっぽど良いに決まっている。




