第42話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
彼の妹、風香ちゃんの謎も解けてすっきりしていたけれど、風香ちゃんがバレー部の朝練であまり一緒に通学できないから寂しいね。
「ゴールデンウィークどうだった?」
「いとこの姉さんに連れられて、風香と一緒に遊園地に行った」
「良いじゃん、両手に花で」
「それがな、ジェットコースターで気絶して、あまり記憶がない」
「そりゃ災難だったね」
そういう絶叫系弱いんだね、この人。なんだか意外。
「お前のゴールデンウィークはどうだったんだ?」
「トラップタワー建設」
「その話まだ続いてたのか」
「その後、おじいちゃんが仕留めたイノシシを食べたんだ」
「トラップってそういうトラップだったのか?」
「獣臭くて全然食べられなかったけど」
私のおじいちゃん、猟師の免許持ってるからね。自然の恵みに感謝だよ。
「でさ、話は変わるけどね、もうすぐ私達の学校で体育祭あるんだよ」
「もうそんな時期か」
「今年はどんな種目がいいと思う?」
「あえて今年もコスプレリレーはどうだ?」
「なんのコスプレが良いと思う?」
「あえて今年も幼稚園児の服ってのはどうだ?」
「ん、それ採用で」
自分から提案してきたくせに、マジかってドン引きの表情するんじゃないよ。結構好評だったんだよ、私のコスプレ。あの日を境に、皆の私への扱いが変わった気がするけど。
「懐かしいね、こういう話してると」
「去年も似たような話したからな」
「君は覚えてる? 私と初めて出会った日のこと」
「そう、あれは辺り一面が銀白の世界に染められた、凍てつく冬の夜のこと……」
「私達が出会ったの、もう桜が散るような頃のはずなんだけどね」
そう、あれは辺り一面が銀白の世界に染められた、凍てつく冬の夜のこと──。
いやいやいやいや、勝手に回想に入ろうとしないで。私の思い出にそんなシーンないから。
すると、彼は私の方を見てフッと嘲笑うような笑顔を浮かべた。
「ねぇ、何その顔」
「いや、お前は出会った頃と何も変わらないな」
「なにをぉ。君だって……なんかおっきくなってない?」
「どこ見て言ってんだおい」
「最近さ、なんか首が疲れる気がするんだけど、もしかして背伸びた?」
「三センチだけ伸びた」
「本当は私に与えられるべき身長を……」
三センチだけってなんだよ、『だけ』とは。私にとっては三センチ『も』だよ。
まったく、毎度毎度見上げて話をしないといけない身にもなってほしいよね。
「本当はさ、二年生になったらイメチェンしようかなって考えたんだよね」
「どうしてやめたんだ?」
「髪型どうしようか迷って」
「前にポニテとかしてただろ」
「でも今のも結構気に入ってるんだよね」
この人に選んでもらおうかとも考えたけど、この人の思い通りになるのがちょっと癪だったんだよね。どうやらポニテがお好きみたいだけど。
「私達、来年もこんな話ばっかりしてるのかな」
「お前が急に真面目になったら怖い」
「何だかしつれーじゃない?」
「多分怖くてちびるだろうな」
「誰も見たくないよ、男子高校生の失禁なんて」
あと一年もすれば、私達も三年生になっちゃうのか。
その頃、私と彼は一体どうなってるんだろ?
うん、今考えてもしょうがないよね、そんなの。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
なんだかこれ、ただの私の自己満足になってきちゃってるよね。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
岩川ちゃんもおっきくなっちゃったもんだよね、色々。特に胸がさ。
「ねぇ都さん。今度の体育祭さ、何に出る?」
「コスプレリレー」
「また幼稚園児の都さんが……」
「皆に可愛がって貰えるから、割と役得なんだよね」
もしかしたら、後輩達にも可愛がられてしまう可能性もあるけどね。




