第39話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
だが、今月からこのバス停に新たな仲間が加わった。
「グッドモーニング!」
黒髪ショートで、とてもアイツの後輩とは思えない背丈の、俺の妹、風香。昨日、風化と初対面だったアイツの反応は、今思い返すだけでも非常に愉快だ。今まで隠してきた甲斐がある。いや、隠したくて隠していたわけではないが。
「今日も元気だね、風香ちゃん。元気なのはいいことだよ、年を取ると段々生気が失われていっちゃうから」
「一個しか年齢離れてないですよね?」
「だがこの一年が全然違うんだ……」
「お兄ちゃんもどうしちゃったの」
やはり、風香がいるとこのバス停の雰囲気が違う。
「風香ちゃんはかぴかぴの一年生だもんね。一年生の内はじゃんじゃん学校生活を楽しむといいよ」
「乾燥させるな」
「干し妹ですね」
「干し芋みたいに言うんじゃない」
アイツがどう感じているかはわからないが、風香が加わってから、俺達は変わったような気がする。
そう、悪い意味で。
「めでたく高校生になったわけだけど、何かやってみたいことはあるの?」
「友達百人作りたいですね」
「お、じゃあ一人目は私だね」
「先輩は九十一人目ですね」
「目標達成目前じゃん」
アイツは風香によく話しかけてくれているが、やはり自分の学校の後輩が相手だからか、先輩のお姉さんっぽく振舞っているように見える。
「あと、彼氏を作りたいです」
「だってさ」
「だってさと言われてもな。勝手にどうぞとしか」
「可愛い妹がクズ野郎に捕まっちゃうかもしれないよ?」
「俺の妹がそんな奴を選ぶわけがないと俺は信じている」
「女の子を連れてきてもOK?」
「最大限の理解を示そう」
「というわけで先輩、私の彼女になってください」
「私が彼女側なんだ」
「許さん!」
「最大限の理解どこに行っちゃったの」
風香は俺より社交的な人間だし、風香からの話を聞く限りは、同じバスで通学しているアイツとも仲良くしているらしいし、学校でも気遣ってもらっているらしい。アイツの名前については、アイツから口止めを食らっているらしいから聞きそびれたが。
こうなったら、向こうが教えてくれるまで教えないことにしよう。完全にタイミング逃しただけではあるが。
俺がそんなことを考えていると、アイツと仲良さげに話していた風香が俺の方をチラッと見た後、再びアイツの方を向いて言う。
「そういえば、先輩ってお兄ちゃんと付き合わないんですか?」
突然爆弾を投下してきやがった。
「ないね」
「即答すんな。ちょっとは悩め」
「だってさお兄ちゃん。想像通りだね」
「わかってたならわざわざ聞くんじゃない」
アイツとはふざけた話こそするものの、真面目にそういう話をすることはそうそうない。何かボロでも出ないかと期待していたが、やはり高望みはするべきでないな。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
そして、もう一人。
「ハブアグッドデイ!」
「いっでぇ! お前は力が強いんだよ!」
とうとう風香までアイツの真似をし始めた。変な影響を受けなければ良いが。
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女達の方を見た。
美少女二人が俺に向かって変顔してるこの光景、一体何なんだろうな。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なー、どうして風香ちゃんって俺達の高校来なかったんだ?」
「制服が可愛くないからだろ」
「ブレザーも良いと思うけどなぁー」
風香があの女子高を選んだのは、あの黒セーラー服に憧れていたからだそうだ。背も高くてスタイルのいい風香の着こなしは、兄である俺でさえびっくりする。あのちんちくりんとは違う。
「でもさ、風香ちゃんって彼氏いないってマジ?」
「あぁ。一人も作ったことがない」
「中学の頃は付き合ってる彼氏がいるって噂なかったか?」
「あれは嘘だ。しつこく付きまとってくる連中を追い払うためのな」
「じゃあまだ俺にもチャンスある?」
「その前に俺がお前を亡き者にするだろう」
「シスコン極まれりだな」
今までに風香の奴も恋愛とは無縁だったから、俺は何かと色恋沙汰に縁がない。
……アイツには、彼氏の一人や二人くらいいそうだがな。二人いたらダメか。




