第38話
「グッモ~ニ…………ん?」
今日の朝も、私の挨拶で始まるはずだった。
いつもの通学路を通って、いつものバス停がある通りに入って、バス停で待っている彼にいつも通りの挨拶をしようとした時、私の視界に映っていたのは彼だけではなかった。
「やっぱその制服似合ってないよ」
「うるせー」
「だから学ランの学校にした方が良いってアドバイスしてあげたのに」
確かに、彼はいる。似合ってない紺色のブレザーを着た彼が。
しかしいつもと違うのは、彼の隣に、ショートの黒髪で、身長が高くて、スレンダーな体型だけど出てるところはちゃんと出てる、スタイル抜群の女の子が立っていること。しかも、私と同じ女子高の制服じゃん。
誰、あの人。
「何ならさ、いっそのことセーラー服にするのとかどう?」
「思い切りすぎだろ」
「中学の文化祭で着てたじゃん」
「確かに悪くなかったな……」
「私の隣には立たないでね」
しかも、何だか仲睦まじそうに見えるし。なんなら私といるときより楽しそうじゃん、アイツ。
謎の女の子の登場に私が恐れをなしてバス停から離れたところで立ち尽くしていると、バス停の屋根の下で話し込んでいた彼らが私の存在に気づいたっぽいので、私は恐る恐る彼らの元に近づいた。
「ぐ、グッモーニン」
「グッモーニン」
「グッドモーニング!」
彼の隣にいる女の子が元気よく挨拶してくるもんだから、思わずビクッとしちゃう私。元気良いね、この子。そして誰。
女の子の方は可愛らしい笑顔で私のことを見てくるだけだったけれど、どうして私が困惑しているのか、その理由がわかったらしい彼は、さぞ愉快そうに笑いながら私に言う。
「コイツは俺の妹だ」
「は?」
「お前の後輩になるから、よろしくな」
「よろしくお願いします!」
「……はいぃ?」
私は黒髪ショートの女の子の方を見る。
妹?
この子が?
私は彼の方を見る。
コイツの?
本当にコイツの妹?
もう一度黒髪ショートの女の子の方を見る。
こんな可愛い女の子が?
「何? エイプリルフール?」
「もう終わっただろ」
「じゃあどこまでが本当なの?」
「私がこのお兄ちゃんの妹で、先輩の一緒のバスで学校に行くとこまでです」
「……マジ?」
「大マジ」
何これ。
私、夢でも見ているのかな。
あまりにも目の前で起きている出来事が信じられなくて、私は自分の頬をつねってみる。うん、めっちゃ痛いね。
そして、未だに私が何もかも信じられないまま、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「ん、んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私の隣に立つ妹ちゃんが、お兄さんに向かって手を振っていた。
「……え、えっと、よろしくね」
「先輩のことは何とお呼びすればいいですか?」
「み、みやこつかさ。京都の都でみやこ、つかさはひらがな」
「都先輩ですね。私は風に香るで風香ですっ」
「名字は?」
「それが、お兄ちゃんからそれは絶対に教えるなと厳命されちゃってて」
妹にどんな教育してるの、アイツは。出会ってから一年経つけれど、未だにお互いの名前知らないもんね。まさかあの人じゃなくてあの人の妹に先に名乗ることになるとは思わなかったよね。
「ん、んじゃ、私の名前、あの人に教えちゃダメだからね」
「お互いの名前を知ると死んじゃう呪いでもかかってるんですか?」
「もうね、これはプライドなの。向こうが自分から教えてくれるまで教えてあげないんだもんっ」
それに、あの人にこんな可愛い妹さんがいることも知らなかったし。こんな可愛い女の子をアイツが独り占めしてたなんて許せないんだもん。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたけれど、風香ちゃんがいたから一番後ろの席へ移動した。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。その子は……岩川ちゃんのお姉さん?」
「今までどこにいたんだろ」
「あ、私は風香って言います。名字は宗教上の理由でお教えできません」
「複雑な事情だね。私は岩川咲良、よろしくね風香さん」
そんな事情をスッと受け入れちゃうんだね、岩川ちゃん。流石の包容力。
「都さんが急にお姉さん連れてきたのかと思ってびっくりしちゃった」
ねぇ岩川ちゃん、それって私と風香ちゃんの体格差を見てそう判断したんだよね?




