第37話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ね、私達いよいよ二年生だねっ」
「お前って進級出来たんだな」
「なにをぉ。私皆勤だったもーん」
「元気だけが取り柄だもんな」
「なにをぉー」
朝からぷんぷんと怒って元気な奴だ。この暖かい春らしい奴。
今日は入学式もあるが、もう桜さん達は葉桜になりかけている。
「新しい一年生が入ってきてさ、私達もいよいよ後輩が出来て先輩になるわけじゃん」
「お前が先輩……?」
「ねぇ今、私の体格見て判断したでしょ」
コイツはむしろ、後輩にも可愛がられるような気がするけどな。このなんともいえないマスコット感が。
「しかし、部活とか入ってないとあまり先輩後輩って関係は生まれにくいよな」
「部活入っちゃえば? 今からでも遅くないっしょ。あと生徒会とか」
「あまり人前に立つのは柄じゃないんでな」
元々塾通いしてるから部活に入るつもりはなかったし、先輩から声をかけられたが生徒会に入ることもなかった。生徒会って毎朝早起きして学校の校門前に立ってるイメージあるし、面倒くさそうだ。
「でもさ、生徒会長って憧れるよね。君が生徒会長に立候補するなら、私がウグイス嬢してあげるよ」
「人の学校に入り込んでくるんじゃない」
「ちなみにホイッグ党?」
「生徒会選挙で政党に入るバカがいるか」
「じゃあキリスト教民主同盟?」
「せめて日本のやつにしろ」
「立憲政友会?」
「俺の高校は大日本帝国か」
十八歳で選挙権が貰えるようになった今の時代、高校の生徒会選挙にそういうのを導入してみるか? いや、生徒会役員を決めるのに各政党だとか派閥の折り合いを考えるのは面倒くさそうだ。
「そういえばさ、君って中学の後輩とかいないの?」
「いるっちゃいるが、俺の高校に進学してくる奴は少ないな」
「無駄に頭良いもんね、君の学校」
「無駄にとはなんだ。そういうお前は? 自分より背の低い後輩はいるか?」
「グスン……」
「泣くな泣くな」
コイツ、自分の体格を自分からネタにすることあるが、やっぱり相当気にしてるだろ。今後は触れないでおいてやろう、人の体格コンプレックスをいじるのは良くない。
「私もね、あまり知り合いの後輩来ないんだよね」
「無駄に頭良いもんな、お前の学校」
「なにをぉ」
若干、若干だが、こいつと学力勝負してみたい自分がいる。今まで何度もテストがあってテストとか学年順位を教えあったこともあるが、結局違う学校だからとノーゲームになっている。学校の偏差値的にも殆ど一緒だしな。
せめて、何かの統一模試とかで勝負出来たら良いんだが。
すると、彼女は一人空を見上げて、フフフと笑い始める。
「どうした、そんな気持ち悪く笑って」
「いや、私達、まだまだ二人きりなんだね」
このバス停でこの時間にバスを待っているのは俺と彼女だけ。それは新年度を迎えた今日もそうだ。
「いや、まだわからないぞ」
「そう?」
「今日は入学式だから、親に送ってもらってる奴もいるかもしれないだろ。明日からが本番だ」
「知らない人いたらどうする?」
「先輩面しよう」
「悪い先輩だね、私達」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
二年生になっても、まだまだ子どもらしい変顔だこと。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「今年の一年生、可愛い子いないもんかね」
「お前の場合、探さなくても向こうから寄ってくるだろ」
「いや、俺も自分のモテ期がいつまでつづくのか不安なんだ。もうピークは過ぎているのかもしれない」
「じゃあ今のうちに彼女でも作っておくんだな」
「出来る気がしねー」
出会った頃から爽やかな奴だとは思っていたが、この前のバレンタインの日には大層驚かされたものだ。
「そういやさ、永野。お前って好きな人いないの? お前からあまりそういう話聞かんけど」
「今は勉学に集中したい」
「んじゃ進学してから?」
「大学でも勉強が一番だ」
「んじゃ就職してから?」
「社会人になったら仕事に集中したい」
「多分、そういう人生つまらないぞ」
「かもな」
彼女を作りたくないというのは流石に冗談だが、俺に意中の人というのはいない。
高校生の内に、この短いかもしれない青春の時代に、一度ぐらいは恋というものを経験してみたいが……。




