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第36話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、私の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。塾に向かうため私服姿の彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。

 

 段々と気温も上がって、近くに咲く桜も入学式前には散ってしまいそうな今日この頃。今日はいよいよあの日だね。

 彼の方から何も言ってこないから、私から話しかけてみる。


 「ね、今日は何の日だっけ」

 「世界が滅亡する日だ」


 この人の正体は破壊神だったのかな。


 「短い人生だったね……」

 「最後に何をしたい?」

 「寝たい」

 「もっと最後らしいことをしろ」


 最近はすっかり春の陽気でついつい眠くなっちゃうんだもん、仕方ないね。色んな言い訳してるだけで、年中眠たいけどね。


 「んで、気を取り直して。今日は何の日?」

 「俺が余命八十四年になる日だ」

 「逆算する人、初めて見たよ。百歳まで生きる気なの?」

 「百歳まで生きたら、俺の脳を新鮮な人間の肉体に移植してさらに百年生きるつもりだ」

 「そこまで文明の技術が進歩してるといいね」

 

 恐ろしい野望持ってるね、この人。そんな長生きしてて楽しいものなのかな。

 それはそれとして、私は塾用のノートとかが入っている鞄から、可愛いリボンで包装された小さなプレゼント箱を彼に手渡した。


 「はい。アンハッピーバースデー」

 「何がアンハッピーだ。どうもありがとさん、食べていいか?」

 「これが食べ物に見えるの?」

 「幸せすぎて食べちゃいたいぐらいだ……グスン」

 「泣いてる!?」


 この前のバレンタインデーもそうだったけど、この人って人生であまり何かをプレゼントされた経験がないのかな。段々可哀想に思えてきた。

 チョコは食べたがらなかったのに、どうして食べちゃいけないものを食べようとしちゃうの。


 「ほら、早く開けて開けて」

 「一応聞いておくが、毒物とか入ってないよな?」

 「流石に君の誕生日を命日にしようとは思わないよ。また今度ね」

 「剃刀とか入ってないよな?」

 「どんだけ用心深いのさ」


 この人、ラブレターとか貰ったら気絶しちゃうんじゃないかな。それを通り越して死んでしまいそう。

 いつもは堅物そうな彼が心を躍らせた様子で包装を解いているのを見ていると、やっぱり彼も私と同い年なんだなぁと感じるね。


 「これは……雑巾か?」

 「君の顔を拭うのに丁度良いと思ってね」

 「じゃなくて、メガネ拭きか」


 そう、私が彼にプレゼントしたのは、紺色のメガネ拭き。


 「去年さ、私に新品のくれたじゃん。それのお返し」

 「よく覚えてるな、そんなこと。前にお前から拝借したやつがボロボロになってきた頃合いだったから丁度良い」

 「待って、私が貸したやつまだ使ってるの?」

 「あぁ。大切に使わせてもらってる」

 「何に使ってるの?」

 「そりゃ勿論、ごにょごにょ……」

 「今すぐ返せ」

 「やなこった」

 「返せぇー」


 そういえば私、自分のメガネ拭きを彼に貸して、そのお返しに新品のを貰ったんだっけ。今まで忘れてたけど、ずっと彼の手元にあったんだねそういえば。

 ほんと、何に使ってたんだろ。いや、メガネ拭きなんだからメガネを拭いてたんだろうけど、彼の口ぶりを聞くにそれ以外の用途で使っているような気もするね……。



 そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。

 私の誕生日ぐらい、お祝いに笑ってくれても良いと思うんだけどね。


 そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。


 「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」

 「グッドモーニング、都さん」

 「私達、もう二年生だねー」

 「一年間、あっという間だったね」

 「あと数話分ぐらいやる予定だったんだけどね」

 「なんの話?」


 まぁそんなことはどうでもいいとして、今日は四月一日。私達ももう二年生だ。

 だからって何かが変わるわけじゃない。私も彼も二年生に進級して、クラス替えがあるけれど、彼とは一緒の学校じゃないから、同じクラスになるとかどうかのワクワク感なんて全然ないね。

 彼が女装でもして私が通ってる女子高に転校してきたら面白いんだけどなぁ。


 

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