第34話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服の上に紺色のコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
今日も仏頂面の彼に、私はウキウキと声をかける。
「ね、今日ってあの日だよねっ」
「そうだな」
「あの日だよねっ」
「そうだな」
「ね、そうだよねっ」
「おう」
すごい、とてもテキトーにあしらわれてる気がする。賢者モードなのかな。
「……本当に何の日かわかってる?」
「俺のいとこの姉さんの誕生日だな」
「私が知ってるわけないでしょ」
この人、いとこのお姉さん大好きだよね。どんな人なんだろ。
そして、とうとうしびれを切らしたらしい彼が口を開く。
「んで、結局何の日なんだ?」
「ひな祭り」
「お前には関係ないだろ」
「あれ? 私って女の子に見えてない?」
「俺はお前が自分のことを女だと性自認してるのか知らないからな」
「んじゃあ、もしかしたら君が女の子って可能性もある?」
「お前に教えるつもりはないがな」
それだと私達、暫定的に性別不明になっちゃうんだけど。
「それはそれとして、今日は女の子の日だね」
「その言い方だと意味が変わってくるだろ」
「周期的にはドンピシャなんだけどね……」
「無理すんなよ」
「ありがと。実はね、私の誕生日でもあるんだよね」
私がそう言うと、彼は首を痛めそうな勢いで私の方を向いた。
「マジ?」
「うん。十六回目の誕生日だよーん」
「お前って十六歳だったのか」
「驚くのそこ?」
「確かに、お前って早生まれっぽいもんな」
「ねぇ今、体格で判断したでしょそれ」
私、十六歳になりました。わーいパチパチー。
「事前に言ってくれたら、バットぐらい用意してやったのに」
「私って野球とかソフトボールしてたっけ?」
「いや、俺をケツバットさせてやったのに」
「それがプレゼントになると思ってたの?」
でもちょっと興味はあるかも。
すると彼は自分の鞄の中を探ると、一枚の紙きれを私に手渡してきた。私の高校の近くにある商店街で使える商品券だ。
「まぁ、おめでとさん。これで良いスイーツでも食えよ」
「何これ? 商品券?」
「俺のいとこの姉さんから貰ったんだが、俺はあまりそっちの商店街とか行かんのでな。お前の学校からなら近いだろ」
「本当にいいの?」
「めでたい日だしな」
「サンキュー!」
結構気が利くよね、この人。この人のいとこのお姉さんにも感謝しないと。今日は美味しいスイーツを食べられそうだね。
「そういえばさ、君の誕生日っていつ?」
「秘密だ」
「秘密にする必要ある?」
「あぁ。これは国家機密だからな。つい口を滑らせて自分の誕生日が四月一日であるとお前に教えてしまうと、俺は爆発してしまう」
「四月一日なんだね」
「ぐわあーっ!?」
「何してんの君」
私達、ギリギリ同級生だったんだね。びっくりだよ。ていうか四月一日生まれって早生まれ扱いになるんだね。
「つまり、私は君より少しだけお姉さんってことだね!」
「一か月ぐらいな。ついでに言うと、俺は二日になる直前に生まれたらしいから、学年が違った可能性もあった」
「私もね、予定日は四月だったんだけど、帝王切開で一か月ぐらい早く生まれちゃったんだよね」
「不思議な縁だな」
「そだねー」
もしかしたら、先輩と後輩って関係だったかもしれないんだね、私達。あまり先輩っぽくも見えないし、後輩っぽくも見えないね、この人。
「誕生日楽しみにしててね」
「春休みも会うつもりか?」
「どうせ春休みも塾あるでしょ?」
「確かにそうだな」
長期休暇中も毎日のように塾通いだなんて、働き者過ぎるね、私達。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
私の誕生日ぐらい、お祝いに笑ってくれても良いと思うんだけどね。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。誕生日おめでとう」
「ありがと~」
岩川ちゃんは私の頭をよしよしと撫でて、とても満足そうに笑っている。
「そういえば、今日って永野先生もお誕生日らしいよ」
「あ、そうだったね。みゆきちゃん、私達がお祝いしたら泣いちゃうんじゃないかな?」
「宿題減らしてくれるかもしれないね」
私と、みゆきちゃん先生と、あとあの人のいとこのお姉さんも今日が誕生日なんだっけ。今日が誕生日の人って多いんだね。いや、今日が誕生日の人ってもっとたくさんいるか。




