第33話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服の上にグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
すると彼女は鞄の中をゴソゴソと探ると、可愛らしいピンクの小さな袋を取り出して、俺に投げつけてきた。
「食らえっ! ハッピーバレンタイン!」
「効かぬわ」
「いや跳ね返さないで」
俺は投げつけられたピンクの袋をひょいっと掴んだ。確かに中にはチョコが入っているようだ。それだけで俺は感激だ。
「ありがとう、神棚に供えておく」
「いや食べなよ」
「しかし、人生で初めてのバレンタインのチョコを消費してしまうのは忍びない……」
「どんだけ思い入れあるのさ、私も感想聞きたいから、早く食べなって」
俺はせっかくのチョコをもっと大事に扱いたいのだが、彼女が俺の脇腹を小突いて急かしてくるものだから、仕方なくピンクの袋を開封した。
中には、ハート形の可愛らしいホワイトチョコが入っていた。
「グスン……」
「泣いてる!?」
「本当にチョコだ……」
「チョコじゃないものが入ってると思ったの?」
「爆弾でも入っているのかと……」
「それだと私もろとも爆発しちゃうじゃん」
俺は袋の中からチョコを取り出した。あぁ、今日はこんなにも冷えているのに、俺の手の熱でチョコが溶けてしまいそうだ。
「……無理だ! 俺にはこのチョコを食べることはできない!」
「どうして!?」
「俺はこのチョコを博物館に寄贈するべきだと思う」
「そんな歴史的価値ないって。ほら、バス来ちゃうから早く食べて」
「せめて写真だけでも撮らせてくれ」
「どんだけ形に残したいのさ」
俺はスマホの写真にチョコを何枚も保存して、とうとうチョコを口の中に入れた。
ぐぅっ、甘い、なんて甘いんだ……!
「感じる……」
「何を?」
「お前が、このチョコを食べた彼は一体どんな顔をするのだろうと、ニヤニヤしながら作っている姿を想像できる……」
「怖い、この人。真実だけど」
「まぁもう少し甘くてもよかった」
「急に我に返らないで。あとダメ出しやめて」
「美味いのは確かだ。ごちそうさん」
「それは良かった」
朝から良い糖分補給だった。そこら辺で売ってるチョコより美味しいんだが、本当にコイツが作ったのか? とても信じられんのだが。
「どう? 少しは私のこと見直した?」
「あぁ。5度ぐらい見直した」
「あと175度見直して」
しかし、どうしたものか。これだとホワイトデーのお返し、かなり気合をいれないといけないんだが。俺はお菓子とか作れないぞ。
「でも、本当に君ってチョコ貰えるあてはないの? 友チョコとかさ」
「クラスメイトの女子ですらくれるとは思えない」
「何か悪いことしたの?」
「俺のことをビンタしてくれって頼んだことぐらいしかないんだが」
「クレイジー」
俺は女子達のことも友人だと思っているんだが、向こうからは思われていないのだろうか。なんて悲しいのだろう。
「そういえば、お前のこれって義理チョコか?」
「ううん、不義理チョコ」
果たして、俺はこのチョコを食して大丈夫だったのだろうか。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
今日ぐらいは笑ってやろうかと思ったが、変顔が面白いと勘違いさせるのも可哀想だから、嘲笑うに留めておいた。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「今日バレンタインだなー」
「お前はたくさん貰えそうだな」
「わけてやってもいいんだぜ?」
「どうかお恵みください」
「つくづく可哀想な奴だよな、お前……」
やめろ、そんな憐れむような目で俺を見るんじゃない。
「でもお前って噂のいとこのお姉さんとか、可愛い妹からチョコ貰ってるんだろ? それで十分じゃね?」
「いいか、あの連中もな、友チョコや義理チョコすら貰えない俺を憐れんでチョコを恵んでくれているだけなんだ。こんな悲しい身分はないぞ」
「大分贅沢だと思うけどなー」
しかし、例え不義理チョコであろうとも、人生で初めて家族以外の人間からチョコをもらうことができた。俺は今日という日を一生忘れないことだろう。




