第31話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服の上にグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「もう三学期だね」
「もうすぐ卒業か……」
「私達、まだ一年生でしょ」
「俺が三年生だった可能性もあるだろ」
「私が三年生って可能性もあるんじゃない?」
「……ないな」
「ねぇ今、どこを見て判断した? 言ってみ?」
俺達はまだ一年生だから、こうして毎朝愉快な話をすることが出来るんだ。きっと三年生になったら、今の時期は戦々恐々としていることだろう。
「進路相談とかあるじゃん」
「そうだな」
「私、探偵になってみたい」
「子どもらしい夢だこと」
「君のこと尾行していい?」
「まさかの尾行予告とはな」
コイツは存在感が結構強いから尾行とか下手そうなんだがな。あの探偵っぽい、なんて言えばいいかわからない格好はよく似合いそうだが。
「んじゃあさ、ちょっとシミュレーションしようよ」
「恒例になってきたな」
「私が探偵するからさ、君は死体役ね」
「せめて犯人持ってこい」
「ふむふむ……初めて見ましたよ、自動ドアに挟まれて死んだ人は」
「どんだけ間抜けなんだよ、俺は。ていうか事件性ないだろ」
死因:自動ドアとか末代まで笑いものにされるわ。あの世でご先祖達にどんな顔して会えばいいかわからない。
「んで、私は颯爽と事件を解決して決め台詞を言うんだよ。真実はいつも1.5つ!」
「その0.5はどっから持ってきた」
「んじゃ真実はいつも約一つ!」
「切り捨てるんじゃない」
真実ブレブレ過ぎるだろ。もっとはっきりさせてこい。
「君も探偵役やってみる?」
「んじゃお前は魔王役な」
「どういう世界観?」
「ようやくここまで追い詰めたぞ! さぁ観念するんだ魔王!」
「我輩が一体どんな罪を犯したと言うんだ?」
「公文書偽造と横領罪だ」
「もっと魔王らしいことさせて。証拠はあるの?」
「お前の腹心を倒したら経験値とコインと一緒に書類が出てきた」
「武闘派探偵じゃん」
探偵の元祖的存在であるシャーロックホームズも結構フィジカル高いし、戦う探偵がいても良いと思うんだ。あの少年探偵だって戦ってること多いし。
「でも実際さ、探偵ってイメージより地味な仕事らしいじゃん。スパイとかの方が楽しそうだよね」
「アクション映画の見過ぎだろ。スパイだって大概地味だと思うがな」
「じゃあ私がペッパーカイエン役やるから、君は山椒役ね」
「それスパイじゃなくてスパイスだろ」
「さぁ、観念してうな重にかかるんだよ」
「美味しくいただこうとするんじゃない」
「そこに現れる、二重スパイのナツメグ……」
「何が出来るんだよナツメグに」
「美味しいカレーが出来上がるんじゃないかな」
大分子ども向けアニメの世界観になってきた気がするな。コイツにはお似合いかもしれないが。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
うむ、今日も相変わらず間抜けな変顔だ。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「冬休みってもう少し長ければな」
「同感だ」
「もっと勉強できる時間が増えるんだけどなぁ」
俺は新城の奴が真面目なのか変人なのかわからない。勉強するために休日が欲しいって考える奴がこの世の中にいるものなんだな。
「新城は真面目だな」
「そうか? 永野だってがり勉の真面目ちゃんだろ」
「休日は休日だ、自分の好きなことをやるのが一番だ」
「永野の好きなことって?」
「勉強だ」
「人のこと言えないだろ、永野」
それを日々真面目にこなしているからこそ、たまのおふざけがとても愉快に感じられるのだ。




