第30話
「あけおめ~」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「あけましておめでとう」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。私服の厚手のダッフルコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「ことよろ!」
「今年も毎日のようにお前と顔を合わせることになるのか……」
「こんな可愛い美少女なのに、何がご不満?」
「もう少し罵ってくれたらな」
「ゴミ」
「ゾクゾクする」
新年早々クレイジーだね、この人。去年と変わらない。
このままだと、私まで変な性癖開拓しちゃいそうなんだけど。
「新年どうだった? 初夢とか見た?」
「結婚する夢を見た」
「相手は?」
「卑弥呼」
「タイムスリップしてたの?」
「もう少しで邪馬台国の場所がわかりそうだったんだが……」
「歴史的大発見じゃん」
目覚めたことを後悔しそうな夢だね。私も気になる、邪馬台国がどこにあったのか。
「私は織田信長と結婚したいかなぁ」
「本能寺で死ぬ運命にあるぞ」
「ううん、違うよ。光秀は私を巡って信長と喧嘩して仲違いしちゃったんだよ」
「夢小説かよ」
「そして秀吉に家康、勝家に一益に長秀に如水に半兵衛に清正に利家に……」
「お前はどんだけハーレムを築くつもりだ。乙女ゲーの世界だろ」
どうにかして信長を本能寺から助け出せないかな。そして天王山で信長と光秀と秀吉が私を巡って争って、私がピンチの時に家康が駆けつけてきて……あ、ヤバい面白くなってきた。
「あと、謙信と信玄にも奪い合ってほしい」
「川中島はお前が原因だったのか」
「あと島津四兄弟とか」
「お前、そういうシチュが好みなのか」
「なんかね、誰かに求められるとさ、とても満たされる気分になるんだよ」
「承認欲求モンスターだな」
でも、あまりそういう状況を楽しみすぎると恨みを買って殺されちゃいそうだよね。でも私、義久と義弘と歳弘と家久の中から選べそうにないよ~。
「君はさ、そういうシチュに憧れない? 則天武后とか西太后とか」
「どういうチョイスだよ。俺はマリーアントワネットが乗る馬車の馬になりたい」
「良い趣味してんね」
「あるいは血のメアリに処刑されたい」
「マゾの行き着く果てだね」
この人って恥ずかしいって感情ないのかな。いつかバカなことやりそうだね。
「昔の海外の古典小説を読んでると、顔も性格も家柄も良いプレイボーイな伯爵とか公爵が出てくるだろ? そういうのに憧れたりはする」
「マゾ公爵」
「自然豊かな領地に建てた別荘にそういう部屋を作りたい」
「歴史に残ってほしくないね」
世界中のマゾの聖地になっちゃいそう。もしかしたらサドも集まっちゃうのかも。
「ねぇ、君って結婚願望あるの?」
「さぁな。そんなこと聞いてどうするんだ?」
「美味しいケーキを食べたくて」
「絶対呼んでやらんからな」
「なにをぉ。余興として君の愛人をたくさん呼んでやるんだから」
「結婚式をぶち壊そうとするんじゃない。あと俺がそんな浮気性な前提で進めるな」
確かに、この人って案外一途そうだよね。変に真っすぐというか。
悪い女の人につかまっちゃいそうな臭いはぷんぷんするんだけどね。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
はぁ、今日も笑ってくれないね、あの人は。あの人の笑いのツボってどこなんだろ。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「あけおめ、岩川ちゃん」
「あけましておめでとう、都さん」
新年を迎えても、相変わらず清楚な匂いがぷんぷんするね、岩川ちゃん。
「今年も良い一年になるといいね」
「岩川ちゃんと一緒なら勝手に良くなるよ!」
「二年生になったら、一緒のクラスになれたらいいね……」
「そだね……」
私は毎朝岩川ちゃんと出会うから仲良くなったけれど、今年はクラス違うんだよね。なんとしてでも進級したら同じクラスになりたい。
「そういえばさ、岩川ちゃんって結婚願望ある?」
「うーん……好きな人が出来たら考えるかも」
「今は好きな人いないの?」
「一番好きなのは都さんかな」
「んじゃ結婚しよ」
「都さんが大きくなったらね」
「今でも十分大きいって!」
なんか岩川ちゃんにやんわりと断られちゃったね。脈ありだと思ったのにぃ。




