第3話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「今日も良い天気だね。なんでこういう日差しが強い日に外で体育の授業をしないといけないんだろ」
「お、水泳か?」
「残念。ソフトボール」
「下手そうだな、お前は」
「なにをぉ。千二百キロぐらいの剛速球、投げられるもん」
「音速並みだな」
「もうソニックブーム起こりまくりだから」
「グラウンドがズタズタになるからやめとけよ」
「ちぇー」
彼女はインドア派なのか、それともちゃんと紫外線対策しているのか、随分と色白だ。
それはともかく、俺は読んでいた本を鞄の中に戻すと、手のひらサイズの小さな黄色い小包を彼女に差し出した。彼女は目を丸くして戸惑いながらも、俺からそれを受け取ると口を開く。
「何これ、果たし状?」
「いつかはお前と決着をつけようと思っていたんだ。ス◯ブラで勝負な」
「マ◯カじゃダメ?」
「マ◯カでも良いが、とにかく開けろよ早く」
彼女は恐る恐るという様子で黄色い小包の封を解くと、中から出てきたのは、新品の、黄色いメガネ拭きだった。
彼女はそれを手にとって凝視しながら言う。
「何これ、雑巾?」
「お前の顔を拭くのに丁度良いと思ってな」
「じゃなくて、これ新品でしょ? もしかしてわざわざ買ったの?」
昨日、メガネ拭きを忘れ……いや、家に置いてきた俺は、彼女から一日メガネ拭きを借りることとなった。
「使用済みのを返すのもどうかと思ってな」
「別にそんなに汚れないでしょ。それとも何か変な風に使ったの? 私のメガネ拭き」
「あぁ。いっぱい出た」
「そりゃ良かったね。別にその使用済みでも良かったのに」
その使用済みって何?
確かにそんなに彼女のメガネ拭きを汚したわけではないが、そういうのは新品で返した方が良いぞと誰かさんにアドバイスされ、買いに行く羽目になった。まぁ、そんな高いものでもないが、黄色いのを探すのは苦労した。
「貸してくれてありがとな。おかげで助かった」
俺が礼を言うと、彼女は笑って俺の脇腹を小突いた。
「どういたしまして。結構律儀なんだね、意外」
彼女はそう言いながら、俺がプレゼントした黄色のメガネ拭きを自分の鞄に仕舞った。
「よく言われる」
「あー、見た目で損してる系? よく職質されるんじゃない?」
「ポリスメンの世話になったことはないが、よく堅物だと思われる」
「あぁ、いつも下ネタばかり考えてる真っピンクな脳みそなのにね」
「おかげさまでアソコはいつも堅物だ」
「そういうのはちょっと……」
「お前が振ってきたんだろうが」
一体コイツはどこまで下ネタを許容できるのか。本当にあのお嬢様学校の生徒なのか、ますます怪しく感じてきてしまう。
バスが来る定刻の時間を迎えたが、やはりいつも通りバスは遅れているようだ。誰も客が乗っていないガラガラの路線だが、車通りは多いからいつも遅れている。
すると、俺の隣に立っている彼女が、俺の顔をジーッと凝視しながら言う。
「メガネじゃなくてコンタクトにしたら、少しは堅物感も減るんじゃない?」
「いや、このメガネは視覚矯正だけが目的じゃない。オシャレの一貫でもある」
「へぇ、そういうの気にするんだ、意外。じゃあさ、私ってメガネ似合うと思う?」
「あぁ、子どもっぽさは軽減されるかもな」
「なにをぉ」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
うむ、今日も相変わらず滑稽な変顔だ。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「昨日さ、結局ネ◯ギガンテ倒せなかったんだけど、あれどうやって倒すの? ちょっと手伝ってくれん?」
「仕方ねぇな。あとお前はいい加減ワ◯ルズに来いよ。いつまでワ◯ルドやってんだ」
「いや、全クリしないと気が済まないんだ」
勉強も運動も出来るのに、ゲームの腕前は微妙な奴だ。いや、俺かてそんな得意ってわけではないが。
それはそれとして。
「なぁ、俺ってメガネ似合ってると思わないか?」
「それ、似合ってると思ってかけてんの?」
「心外だな。これもオシャレの一貫だ」
「まぁ永野はメガネってイメージが強すぎるけど、別にコンタクトも似合うんじゃね? イメチェンすんの?」
「まぁ、気が向いたらな」
もしも俺がメガネからコンタクトに替えたら、アイツは一体どんな反応をするのだろう?
大方、今度は似合ってないと笑われるだけだろう。いや、これが素の顔だって言うのに似合ってないとはどういうことだ……って、今怒ってもしょうがないか。