第28話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。私服の厚手のダッフルコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「冬休みもお前と顔を合わせることになるとはな」
「役得でしょ?」
「朝の星座占いで三位だった時の気分だ」
「もうちょっとランク上げてほしいなぁ」
この人にとっては三位という順位も大きな喜びだったりするのかな。そういう小さな幸せに喜ぶような人には思えないけれど。
すると、彼はいたって真面目な表情で口を開く。
「なぁ、虫とか動物って交尾するだろ?」
「君って年中ムラムラしてるの?」
「ゾクゾクしてきた」
無視するのが正解だったのかな。朝っぱらからピチピチの女子高生相手にそんな話してくるなんて、相変わらずクレイジーだね。
「ああいう交尾に愛はあるのだろうか」
「でも人間だって愛のない交尾することあるし」
「仮に虫や動物が種としての生存本能に従って交尾しているなら、どうして人間は同じことを考えないのだろう?」
「理性があるからじゃないかな?」
「お前はカブトムシ達に理性がないと言いたいのか?」
「どうしてそっちの味方になっちゃったの」
もしも昆虫とかの交尾を擬人化して見ることが出来るなら、多少は感情移入出来るかもしれないけれどね。いや、そんなの見たら健全な心で交尾を見ることが出来なくなっちゃいそうだけど。
「俺はたまに考えるんだ。どうして人間は卵生じゃないのだろうと」
「君は卵から生まれたかったの?」
「人間が一度で数万個と卵を産むような生物だったら、世界はどうなっていただろうな」
「人口爆発不可避だね」
「地球では数少ない資源を巡って戦争が頻発し、新たな資源を求めて宇宙へ飛び出していたかもしれない……」
「ありうる未来だね」
「そして宇宙世紀の始まりだ」
「君もガ〇ダム見たの?」
私はもうそこまでガ〇ダム熱ないけどね。私よりかはよっぽどガンダム好きそうだけど、この人。
「赤ちゃんを直接産むのと卵を産むのってどっちが痛いんだろうね」
「魚卵とかなら柔らかそうだがな」
「いつかは人間からイクラとかたらこを採取出来る時代が来る……?」
「養殖する魚を増やす方向で考えてほしいがな」
「いつか倫理観ってものが崩壊したらあり得るかもよ」
「俺達が生きているうちには来てほしくないな、そんな時代」
そんな時代が来てしまったら、スーパーとかで売ってるイクラの産地表記とかが怖くなっちゃいそうだね。西池袋産とか歌舞伎町産とか。
「いつかはさ、私も赤ちゃんを産む時が来るのかと思うと怖いよね」
「当事者はさぞ大変だろうな」
「でも私に子育て出来る気がしない」
「同感だな」
「なにをぉ。んじゃ赤ちゃん役やって、私が母親役するから」
「ばぶぅ」
「は~い良い子良い子~」
「これ何かに目覚めそうだな」
「やっぱやめよこれ」
危ない危ない、また彼の新たな性癖を開拓してしまうところだった。M気質に加えて赤ちゃんプレイまで手に入れてしまったら、将来的に彼がそういうお店の常連になっちゃいそう。それだけは阻止してあげないと。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
はぁ、全然笑わないね。いっそのこと火が付いたろうそくと鞭を持ってた方が喜ぶのかな、あの人。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
朝から交尾とか赤ちゃんの話をしてたから、若干岩川ちゃんを変な目で見てしまう。
岩川ちゃん、赤ちゃんを抱いてるのがめちゃくちゃ似合いそう。
「ね、岩川ちゃん。子どもって将来何人欲しい?」
「へ? んーとね、五百人ぐらい?」
岩川ちゃんって卵生なのかな。
「一つの町が出来そうだね」
「私が日本の人口減少を食い止めてみせるんだから」
すごいもの背負ってるなぁ、岩川ちゃん。




