第27話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服の上にグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「明日から冬休みだね」
「お前のとこもそうか」
「そこら中でクリスマスソングを聞くと、いよいよ冬って感じがするよ」
「それが終わったらすぐに年越しだな」
「私達、無事に年を越せるかな……」
「お前はまだしも、俺を道連れにしようとするな」
気温が下がれば下がるほど、彼女の格好のモコモコ具合がマシマシになる。ここら辺は冬場でも温暖な方なのに、今後彼女は北上できるのだろうか。
「君ってさ、冬期講習とかあるの?」
「勿論だ。お前もか?」
「うん。んじゃ、また毎朝会うことになっちゃうね。どう、嬉しい?」
「さぁな」
お前の方がよっぽど嬉しそうな顔をしていると思うがな。
「それはそれとしてね、私ね、昨日事故を起こしちゃったの」
「原付に乗るわけでもないのに?」
「うん。久々に一輪車に乗って浮かれてたら、小さな男の子を轢いてしまったの」
一輪車に乗って浮かれている彼女の姿は容易に想像できるが、まさか一輪車で人身事故を起こすとはな。
「それでね、男の子は半身不随になっちゃったんだ」
「へぇ」
「賠償に五千万必要なの」
「ほう」
「あとはわかるでしょ?」
「わかるでしょじゃねぇんだよ」
なんか途中から雲行きが怪しくなってきたと思っていたが、どうしてコイツは平然とした様子で俺に金をせびろうとするのか。
「俺がお前にそれだけの額を払ってやる義理はない」
「んじゃ五千円でいいよ」
「お前が本当に困ってるなら、それぐらいは出せる義理もなくはないかもしれない、多分、おそらく、メイビー」
「だいぶ貸してくれなさそう」
もう半年以上も毎朝のように彼女と話していると、彼女が冗談で話している時と真剣に話している時の違いぐらいわかってくる。もしも、彼女の落ち込んだ様子を見かけてしまったら、俺は結構ショックを受けるかもしれないが……。
「お前、間違ってもそういうのに加担するなよ」
「もろのちん」
「どんな返事だ」
「ちなみに、一輪車で人にぶつかったのは本当」
「お前、ほら吹き話に若干の真実を混ぜるのは悪質だぞ」
「でも私がぶつかったのは怖いお兄さんだったの」
「指でも詰めたのか?」
「ううん、ビンタで許してくれた」
「ビンタされたのか?」
「ううん、私がビンタしたの」
「マゾだったか……」
いや、やっぱりコイツの話は半信半疑どころか九割ぐらい疑って聞かないといけないな。
「君って一輪車乗れる?」
「一応な。お前が一輪車に乗れるのは意外っちゃ意外だ」
「んじゃ逆上がりできる?」
「あぁ、当然だな」
「私は出来ないんだけどね」
「容易に想像できるな」
「なにをぉ。んじゃんじゃ、スキップできる?」
「勿論だ。前に体育の授業で披露したら、それはそれはもう校庭が爆笑の渦に包まれたものだ」
「出来てなかったんじゃないの、それ」
不思議といるものだ、絶妙に運動神経が悪い人間。俺は彼女よりかは運動神経が良いつもりでいるが、俺がスキップ下手だと知った彼女が満足そうに笑っているのを見るに、コイツはスキップ出来るんだな。
でもいーもーんだ。堅物な俺が簡単に笑いを取れるんだから。これを鉄板ネタにしてやる。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
気温が下がってから、アイツの変顔に覇気がなくなってきたような気がする。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁ、永野。今から俺はお前に信じられないような話をするが、これは本当に起きた出来事なんだ」
「なんだ、なんでも受け入れてやるぞ」
「俺な……昨日、美少女が乗った一輪車に轢かれたんだ」
多分、普段の俺だったらとても信じられなかっただろうが、今の俺には信じることができるぞ、新城。世界って狭いものだな。
「一輪車に轢かれるって、一体どういう状況なんだ?」
「いや、昨日の塾終わりに公園で魔法の練習をしていたんだがな」
「お前ホ〇ワーツ生だったのか」
「トイレを済ませて帰ろうとしたところで、トイレの出口で出合い頭に美少女が乗った一輪車とぶつかったんだ」
アイツ、公園で一輪車に乗ってたのかよ。
「なんかお人形さんみたいに可愛らしい美少女でびっくりしたけどさ、ぶつかったお詫びになんでもしてくれるって言うんだよ」
「何をしてもらったんだ?」
「ビンタしてもらった」
ビンタしたところまでは真実だったのかよ。
「一生に一度とない経験だった……でも俺は後悔している」
「なんでだ?」
「名前とか連絡先聞けばよかった……そうすれば、あそこの女子高と繋がり出来たかもしれないのに……」
「残念だったな」
俺は未だに彼女の名前も連絡先も知らないが、ここまでくるともう俺の名前も連絡先もアイツに対してはトップシークレットにしてやろうかなと思えてくる。




