第26話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服の上に紺色のコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「雪でも降らないかな」
「雪合戦しようぜ」
「私先攻ね」
「そういうルール無いだろ」
木々の葉も落ちてすっかり冬らしくなってきた今日このごろ、もうすぐ二学期も終わって冬休みが始まるというタイミングだ。
「ね、もうすぐクリスマスだね」
「お前には無縁だな」
「なにをぉ。私は良い子じゃないって言いたいの?」
「俺にも来ないがな……」
「同志……」
良い子じゃないんだね、この人。いや、私は良い子として過ごしてるつもりなんだけどね、彼の前以外では。
「サンタにお手紙って書いたことある?」
「あぁ、あるな」
「いつまでサンタの存在信じてた?」
「サンタの存在も何もないだろ。クリスマスにプレゼントをくれる人は誰であろうとサンタなんだ」
「哲学的だね」
「テキトーに言ってるだろ、お前」
確かに本物のサンタって何だって話だし、自分が信じればそうかもしれないね。この人がそんな考え持ってるの、意外というかちょっとびっくり。
「君ってどんなプレゼント欲しいの?」
「アメリカ」
「袋に入り切らないよそれ」
「じゃあイギリス」
「まだデカいって」
「んじゃスイス」
「とりあず、国を欲しがるのやめよ?」
結構デカい野望持ってるんだね、この人。それに対してアソコは小さそうだけど。
朝から何言ってるんだろうね、私。
「まぁ、現実的に言うならノートだな」
「そんなの貰って嬉しい?」
「すぐノートを切らすから困ってるんだ。ウチの学校も段々とタブレットとか導入してるが、やっぱ自分でノートをとって覚えられることもあるしな」
この人が真面目な話してるの、怖い。たまに変なこと言ってるけど、やっぱり見た目通り優等生なのかな。
「せっかくなんだし、もっとプレゼントらしいもの貰った方がいいと思うよ」
「ちなみにお前は何が欲しいんだ?」
「私はね、それはそれは大きな靴下用意するもん」
「子どもみたいだな」
「でね、私が欲しいのはワイヤレスイヤホン」
「すぐに大きな靴下しまえ」
「でも大きい靴下用意したら大きいプレゼント貰えるかもしれないじゃん」
「大きなワイヤレスイヤホンが届いたらどうするんだ」
ヘッドホンでも良いけれど、何だか憧れちゃうんだよね、通学途中に音楽聴くの。
あ、でもそれだと彼と話せなくなっちゃうか。
「やっぱイヤホンは無し」
「じゃあどうするんだ?」
「Zガ◯ダムのDVDかBD」
「お前ガ◯ダムハマっちゃってるじゃねぇか」
なんでだろうね、文化祭の劇でガ◯ダム役やらされただけなのに、すっかりハマっちゃったね。
「もっと女の子っぽい作品好きな方がウケが良いのかなぁ」
「別に、今の時代そういうの気にする必要はないと思うが」
「そう? 背中にビームサーベル背負ってても大丈夫かな?」
「それは性別云々関係なく正気ではないと思う」
もっとそういうグッズとか集めてみたいけれど、こんな田舎じゃそういうのを扱ってるお店が少ないんだよね。田舎はオタクに厳しいよ、トホホ。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
くそぉ、せめて夏休みを迎える前には一泡吹かせてやりたい。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
岩川ちゃんにガ◯ダムの話は通じそうにないね、うん。岩川ちゃんはそれで良いと思う、というかそうであってほしい。
「ね、岩川ちゃん。クリスマスプレゼントって何がほしい?」
「プレゼント? 私は今の日常を楽しく過ごせるなら、もう欲しいものは無いかな」
何この子、天使?
「いや、せっかく何だし何か欲しがっても良いはずだよ」
「んっと、じゃあ孤児院を作りたい」
「頑張ってね、岩川ちゃん」
「見放さないで、都さん。私、恵まれない子ども達を救うのが夢だから」
「すんご」
「そして、汚れた大人なんて一人もいない、可愛い子ども達の楽園を作り上げて見せるの……」
なんか、岩川ちゃんの崇高な夢の裏に、私が触れちゃいけないような闇が垣間見えたような気がする。




