第25話
今日の朝も、彼女の挨拶で始まるかと思ったんだが。
「グッモーニン」
今日は、俺が先に彼女に挨拶することとなった。
しかし、俺が挨拶をしても、大体いつも通りの時間に、コンビニコーヒーを片手に持つ彼女は、先にバス停にいた俺の姿を見て、まるでこの世のものではない恐ろしいものを目撃したかのように、体を小刻みに震わせながら言う。
「い、生きてた……!?」
「勝手に俺を殺すな」
なんでコイツの中で俺が死んだことになってんだ。そう思ってすぐに、俺はハッと気づく。
「あぁ、ここ最近、俺がここに来なかったからか」
「そーだよ! 一週間まるまるだよ!」
彼女はプンプンと可愛らしく怒っていたが、まさかそんな怒られてしまうとはな。まぁいきなりのことだったし。
「んでんで、何があったのん?」
「あぁいや、俺のいとこの姉さんが住んでるマンションでボヤ騒ぎがあってな。ちょっとの間俺の家に泊まってたんだが、姉さんの出勤ついでに車で送ってもらってたんだ」
俺が通ってる学校は姉さんの通勤ルートから離れているが、泊めさせてもらってるからと姉さんのご厚意で送迎させてもらっていた。もう二度と姉さんの車には乗りたくない。
事の顛末はそれぐらいなのだが、俺の説明を聞いた彼女はそれでも納得がいかないという様子で、不満そうに俺の胸をポカポカと殴りながら言う。
「I・E・YO!」
「なんでだよ。別に良いだろ」
「SODAKEDO!」
急なことだったし仕方ないだろう。俺はコイツの連絡先なんて知らないし、わざわざ伝えるためにここに来るつもりもない。
しかし、こんなにコイツが怒るってのはどうしてだろう?
もしや……。
「なんだ、俺が一週間来なかったから寂しかったのか?」
俺がからかうようにそう言うと、彼女はとても悔しそうに唇を噛み締めて、そしてプイッと俺から顔を背けてしまった。
「んなわけ」
どうだかな。
「そうか……俺はお前がここに来なかったら、寂しくて死んでしまうかもしれない」
「かわいいとこあるじゃん」
「ダイイングメッセージを残して野垂れ死んでいるだろう」
「私が犯人になっちゃうじゃん」
よくよく考えれば、俺もコイツの名前知らないからダイイングメッセージ残してもしょうがないけどな。
本人は否定していたが、絶対寂しかっただろコイツ。あんなくだらない話が出来る相手がいないから。
意外とかわいいところもあるんだなと思っていると、ようやく機嫌が戻ったらしい彼女はコーヒーを飲みながら言う。
「そういえばさ、私の担任の先生もこの間火事に遭ってたんだよ」
「へぇ。もう乾燥する季節だしな」
「そ。一時家に帰れなかったらしいんだけど、代わりの部屋見つかったって言ってた」
へぇ。コイツ、そこまで知ってるのにまだ気づかないんだな。まぁ俺は教えたくないしいいか。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
久々にアイツの面白くない変顔を見られるかと思ったら、今日はなんと俺に向かって舌を出して、あっかんべーと来たか。そういう路線の方が可愛いと思うんだがな。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「よぉ永野、やっとムショから出られたのか?」
「あぁ。臭い飯ばかり食わされてた」
「やっぱムショから出ると雨を浴びたくなるのか?」
どこのショーシャンクだ。
「なぁ、新城」
「どした?」
「俺がいない間、寂しかったか?」
「いや、学校には来てただろ」
「確かにそうだな」
「なに? もしかして永野、お前は寂しかったのか?」
「あぁ。寂しくて死んでしまうかと思った」
「ウサギかよ」
「まぁ実際、姉さんの運転は死ぬかと思った」
「毎朝、顔面蒼白になって登校してたもんな、永野……」
寂しかった、とはとても言えないが、寂しくなかったというのは嘘になってしまうかもしれない。
俺とアイツが出会うのは、朝、バスが来る前のほんの数分間だけなのに、半年以上そんな毎日を繰り返していると、相手がいない一週間が何か物足りなく感じてしまうものなのか。
アイツが寂しがっていたなんて、とても信じられないがな……。




