第23話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「急に冷えてきたね」
「そうだな。世界がこのまま凍ってしまえば良いのに」
「どしたの急に」
「俺の心も冷えてしまったんだ」
「へー」
「もう少し興味を持て」
俺の心が冷え込んでいるというのは冗談だが、ついこの間まで残暑がうざったいと思っていたのに、急に冬が到来したように思える。
それは、彼女の格好を見ていると特に感じる。
「何、ジッと見て」
俺は舐めるように彼女の体を見る。首にはマフラーを巻き、いつもは生足をさらしてくれているのに、今日は黒タイツを履いている。
「露出が減ったな」
「寒さには勝てないね」
「でも黒タイツって良いよな」
「君は相変わらずだね」
「いつかお前のセーラー服もコートに隠れてしまうのかと思うと、俺は悲しくなってくる」
「セーラー服依存症?」
いつも学校でブレザーの女子しか見てないから飽き飽きしてるというのもあるかもしれないが、多分コイツが通っている学校のブランドというのもあるだろう。
「それよりさ、クラシックって良いと思わない?」
「これまた急だな。お前がクラシックを嗜むような奴には思えないが」
「なにをぉ。リストとかショパンとかよく聞くもん」
「ピアノ弾くのか?」
「ううん、私が弾けるのはヴァイオリンだけど」
むしろコイツがヴァイオリン習ってるのが驚きなんだが。いや、これも冗談の内か? とても信じられない。
「それにさ、指揮者ってかっこよくない?」
さてはコイツ、最近の◯めカンタービレでも読んだな?
「中学の時、合唱コンクールでやったことあるぞ」
「へぇ、何だか意外。あれって楽しい?」
「歌わなくていいから楽だぞ」
「サボり目的?」
流石に実際にタクトを振るうわけではないが、案外気持ちいいものだ。俺はそんな独特の指揮は出来ないが、一応合唱コンクールの優勝歴だってある。あくまで校内のだが。
「君って何か楽器弾ける?」
「鍵盤ハーモニカ」
「義務教育受けてたら誰でも通る道だろうけどね」
「あとリコーダー」
「私だってあるよそりゃ」
「あとはエレキギターだな」
「え、意外。なんでギター弾き始めたの?」
「俺のいとこの姉さんがバンドやってたからな」
「色々やってるね、君のいとこのお姉さん」
だから文化祭で楽器弾ける奴を集めてバンドを組もうとも考えたが、メンバーが集まらなくて断念した経緯がある。ここら辺がこんないなかじゃなかったら軽音楽部とかあるんだろうが、吹奏楽部だけじゃなぁ。
「そういえばさ、私の担任の先生もたまにギター弾いてるよ。学校で」
「へぇ。音楽の先生なのか?」
「ううん、昼休みに中庭で弾き語りしてるの」
「変わってるな」
「でもめっちゃ上手いの。素っ裸なのに」
「お前の学校の治安はどうなってるんだ」
流石にそれは冗談であってほしい。ついでにコイツがヴァイオリンを習ってることも冗談であってほしいぐらいなんだが。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
ほう、今日は中々趣向を変えてきたな。あのベートーヴェンの肖像画みたいなしかめっ面とは。面白くないが。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁ永野、今度文化会館でやるクラシックコンサートのチケット貰ったんだけど、いらね?」
「そういうのってドレスコードあるだろ」
「いや、そんな格式高いやつじゃないって。なんとなくシックな服でいいんじゃね」
「ちなみに、どんな曲目なんだ?」
「4分33秒の一時間耐久だ」
「確かに耐久だな」
そこに楽団がいる意味が全くわからないコンサートだな。
「ちなみにペアチケットなんだけど、お前って彼女いる?」
「いとこの姉さんなら」
「彼女なの?」
「向こうは俺を彼氏だと思ってる」
「美人?」
「黙ってれば」
「残念美人か……」
「人の姉さんを残念とか言うんじゃねぇ!」
「お前の沸点どうなってんだよ」
例のアイツにコンサートの内容を全く伝えずに連れて行ってみたいという願望はある。きっと俺はボコボコにされるだろう。




