第22話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
何だか、久々に冬服を着た彼を見て、なんだか懐かしい気分になってしまう。
「君のとこも衣替えなんだね」
「あぁ。お前のあの白いセーラー服姿も悪くなかったんだがな……」
「そうだったの?」
「いつか透けブラしてくれないかと待ち焦がれていたんだが……」
「私って結構鉄壁だからね。そう、この胸が……グスン」
「泣くぐらいなら自虐するんじゃない」
やっと残暑も去って涼しくなってきたもんね。それにしても、相変わらずブレザーの制服が似合わないね、この人。
「それにしてもさ、明日突然太陽が爆発して太陽系が滅んだりしないかな」
「お前はどんだけ世界を滅ぼしたいんだ。何かあったのか」
私は毎日世界が滅亡するように祈ってるからね、こんなの日常茶飯事。
「ウチの学校、もうすぐ文化祭なんだけどさ。なんで文化祭って演劇が定番になってるのかな。あんなの所詮演技なのに」
「嫌な配役なのか?」
「私達、ロミジュリするんだけどさ」
「定番だな」
「私、ガ◯ダム役なの」
「宇宙世紀を舞台としたロミジュリなのか?」
彼は信じられないという表情で私の話を聞いているけれど、話している私だって信じられないよ。
「よくあるじゃん、そういういくつかの話を組み合わせてクロスオーバーするの」
「お前はどういう立ち回りなんだ?」
「桃太郎にきびだんごで釣られて部下になるけど、道中で出会ったビ◯トたけしに倒されるの」
「なぜガ◯ダムと桃太郎とア◯トレイジとロミジュリをクロスオーバーさせたんだ。お前達がやるの、本当にロミジュリなんだよな?」
「うん」
「シェイクスピアの?」
「当たり前じゃん。知らないの? シェイクスピアって連邦軍の少佐だったんだよ」
「知られざる歴史だな」
やっぱり人気の役は競争率が激しくて、私はじゃんけんに負けまくって端役になってしまったんだよね。私はあまり詳しくないけれど、それでもせっかくのガ◯ダムが端役扱いなのはおかしいと思うけどね。
「しかし、女子校の演劇でガ◯ダムなんて出てくるんだな……ん? お前が通ってるの、女子校なんだよな?」
「うん。男子校だと思ってたの?」
「いや、ロミオ役も女子がやるのか?」
「そんな珍しい? 女子に人気ある王子様系って結構いるよ」
「そうなのか……」
それこそ、バレンタインに女子からチョコをたくさんもらっちゃう女の子は何人かいる。私も何かの間違いでバレンタインのチョコ貰えないかな、友チョコぐらいなら貰えそうだけど。
「君のとこってさ、文化祭っていつ?」
「十一月だ。確かお前のとこと一緒だろ」
「じゃあ遊びに行けないね、残念」
「お前の滑稽な姿を見れたかもしれないのにな」
見てほしかったね、私のガ◯ダムのコスプレ。これが最初で最後だろうから。
「ちなみに、君のとこは何の出し物するの?」
「お化け屋敷だ」
「これまた定番だね。お化け役?」
「ピエロ役だ」
「結構キツめのホラーっぽいね」
「あぁ。定期的に学校内の照明を落として、斧とかチェーンソーを持って走り回る予定だ」
「ガチドッキリじゃん」
楽しそうだね、この人の学校。進学校って結構お堅いイメージあるのにね。なんか頭の良い人達ってたまのおふざけにも優れた頭脳を使っちゃうから怖いよね。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
これだけあの人が笑ってくれないってことは、私の演技力って低いのかなぁ。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
見ると、岩川ちゃんは珍しく大きなリュックを抱えていた。今日は体育の授業があるわけでもないのに。
「岩川ちゃん、それ何が入ってるの?」
「あ、これ? 修道服」
「しゅ、修道服?」
「うん。文化祭の演劇の衣装として参考にしたいんだって」
あぁ、私が出る劇に出てくるもんね。色んなキャラが出すぎてどんな役だったか忘れちゃったけど。
「そういえば、岩川ちゃんの実家って教会だったね……え? もしかしてその修道服って自前?」
「うん」
まさかね、実家が教会って子と会うとは思わなかったよね。ウチの学校、ミッション系でもないのに。しかも岩川ちゃん、すごくシスターの服が似合いそうだし。
「都さんはバ◯ナム役だったっけ? 頑張ってね」
「岩川ちゃん、それゲーム会社」
「パンナム?」
「それ航空会社」
「ナムサン?」
「それお経。岩川ちゃん、ボケないでいいから」
せめて岩川ちゃんには清楚なお嬢様、そしてシスターであってほしい。




