第21話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、白いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
だが、何だかいつもと違う雰囲気だ。ふと浮かんだその疑問の正体は、彼女の髪型を見てようやくわかった。
「お前、ポニテだったっけ?」
いつもは肩より少し伸びた茶色の髪を黄色いシュシュで留めているのに、今日は黄色いリボンのポニテだ。
彼女はフフーンと何故か自慢げにポニーテールを揺らしながら言う。
「イメチェンってやつだよ。どう? 可愛いでしょ?」
「いつものシュシュ、失くしたのか?」
「なぜバレたし」
やはりそうだったか。どうせコイツのことだからそんな気がしたんだ。
すると彼女はコーヒーを飲みながら言う。
「いやー、今日の朝さ、いつも通り準備しようと思ったら全然見つからなかったの」
「当たり前だ、今は俺の腹の中にあるからな」
「美味しかった?」
「お前の汗の香りが良かったな」
「クレイジー」
まぁコイツのシュシュがどこにいったのか俺にはさっぱりわからないが、いつもとは違うコイツを見られて新鮮な気分だ。髪型が違うだけでこうも印象は変わるのだな。
「お? どう、今の私に見惚れてる?」
彼女はニヤニヤしながら俺の脇腹を小突く。もう少しおしとやかだったら可愛かっただろうにな。
「お前って、あまり髪型変えないのか?」
「うん。そんなに色んな私を見たい? どんな髪型が似合うと思う?」
「ハゲ」
「毛刈り隊の残党だったか……」
どんな返しだよ。
「お前、ビ◯ティだっのか」
「ううん、魚◯ガール」
お前はそれでいいのか。
「じゃあ、俺には何が似合うと思う?」
「ソフトクリーム」
さてはコイツ、最近ボー◯ボでも読んだな。今どきどんなチョイスしてんだよ。
「でもぶっちゃけ、君には今の髪型が一番似合ってると思うよ」
「そうか?」
「うん。下手に茶色とか金色に染めても似合わないと思う。それに、そんな人が隣に立ってるのやだ」
「嫌いなのか?」
「メガネかけててさ、いかにも堅物そうで、毎朝バス停で本を読んでる人の隣に立ってるだけでさ、私も自然と優等生っぽく見えるじゃん?」
「俺をダシに使おうとするんじゃない」
しかも俺が読んでるの、大体文庫版の漫画だしな。
確かに俺とコイツが並んでいるのを見れば、はたから見ると優等生コンビっぽく見えるかもしれないが、その内実はこんなくだらない話をしているだけだしなぁ。学校じゃもう少し真面目に振る舞っているつもりなんだが。
「お前って、結構優等生っぽいけどな」
「お? そう見えちゃう?」
「あぁ。俺が思うに、来年にゃ生徒会長になってそうだ」
「違いないね」
「お前ってマスコットみたいな人気ありそうだもんな」
「あれ? 私褒められてるこれ?」
なんとなく、コイツの学校での姿を見るのが怖い。
毎朝、くだらない話を交わしている中ではあるが、それがコイツの素なのかもわからない。
俺相手に変に気を遣われるよりかは、リラックスしてもらいたいものだがな。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
うむ。髪型が変わっても、変顔の面白くなさは変わらないな。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁ永野。お前ってさ、好きな女の子の髪型とかある?」
相変わらずタイムリーな話をしてくる奴だな。
「俺は特にこだわりはないな」
「なんでもいいってことか? そういう答え、あまりウケないぞ」
「むしろ似合ってるなら何でも良い。なんなら頻繁に髪型が変わってくれる方が刺激がある」
「面倒くさそうだな、それ」
アイツにはいつもの髪型が一番似合ってる気がするが、ポニテも中々悪くなかった。
「なぁ新城、俺には何が似合うと思う?」
「強欲な壺」
「髪型の話だ」
「ハゲ」
「貴様、毛狩り隊の残党だったか……」
「遺伝的に将来ハゲることが確定してる俺は毛狩り隊に入るしかないんだ」
「すまなかった、新城……」
「そんな目で俺を見ないでくれ」
遺伝の話をするんだったら、俺の家系も危ないんだけどな。その時が来たなら、俺はスキンヘッドになってしまうだろうが。




