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第2話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、私の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。


 「メガネ、曇ってるよ」


 私が彼の隣に並んでそう問いかけると、彼は曇っていたメガネを外そうともせず、そのまま真っ白なメガネを通して私を見てくる。


 「どうかしたか?」

 「いや、だから曇ってるって」

 「いいや、それは違うな。悪質なデマだ」

 「脳みそ、腐ってるの?」

 「俺のメガネが曇っているわけがないだろう。ほら、そこの塀の上でネコが寝っ転がっているのも見える」

 「そこにネコはいないし、そもそも塀すらない空き地だよ」

 

 短めの黒髪をセンターで分けた彼は、いつも堅苦しい黒縁メガネをかけていて、いつもは優等生っぽく見えるけれど、今日はとても間抜けそうに見える。


 「もしかして、メガネ拭き、忘れたの?」

 「そんなわけがない」

 「じゃあ何で拭かないの?」

 「今日はメガネケースを家に置いてきたからだ」

 「それって忘れてるんじゃなくて?」

 「いいや、違うな。それは曲解だ。俺は家にメガネケースを置いてきたんだ、決して忘れたわけではない」


 それ、忘れたって言うと思うんだけどね。忘れ物したなら素直にそういえば良いのに、子どもっぽい人。

 私は鞄の中をゴソゴソと探って、自分のメガネケースを取り出すと、中に入っていたメガネ拭きを彼に差し出した。


 「ん、これ」


 相変わらずメガネを真っ白にしている彼は、私が手に持っている黄色のメガネ拭きを凝視していた。


 「何だ、この雑巾は」

 「この状況でどうして私が雑巾を渡すの? メガネ拭きだよ」


 すると彼は戸惑った表情で私のメガネ拭きを受け取った。そして彼はようやくメガネを外してメガネ拭きで拭きながら口を開く。


 「お前、メガネなんてかけてたか?」

 「私、普段はコンタクトだから。念のため持ち歩いてるだけ」

 「なるほどな、いつも夜ふかししてるツケが回ってきたのか」

 「なにをぉ。私の生活リズム知らないでしょ」

 「じゃあ、昨日何時に寝たんだ?」

 「ふふん、九時」

 「お子様だな」

 「なにをぉ」


 こんな健康的な生活を送っているのに、どうして笑われないといけないのか。その分、早起きしてるだけだしぃ。


 そして彼はメガネを拭き終えてメガネをかけた後、メガネ拭きを私に返そうとしてきたけれど、私は断った。


 「今日一日持っときなよ、それ。ないと困るでしょ。明日返してくれたら良いよ」

 「そうか。じゃあこれをお前の分身だと思って大事にする」

 「肌身離さず持っておくんだよ。トイレ行くときもね」

 「俺のモノを見たときに、お前はなんて言うんだろうな」

 「ウケる」

 「なんだかわからんが、ゾクゾクする」


 この人、クレイジーだね。

 こんな真面目な優等生っぽい見た目してるくせに、そこはかとなく変人のオーラを醸し出している。きっとサイコパスに違いないね。



 そんな朝、いつも通り定刻より少し遅れて、彼が乗るバスがやって来た。私が乗るバスは、いつもこのバスの一便後だ。

 そして彼がバスに乗り込もうとした時、私は彼の背中をパンッと叩いて言った。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 私のフランクな挨拶に彼はそう返して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。

 すると、彼はいつものように、私を嘲笑うかのような笑みを浮かべるのだ。いつかは中指でも立ててやろうかな。


 

 そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。乗り込むと、丸メガネとおさげが特徴の、私の友達である岩川ちゃんが二人がけの席に座ってて、私は彼女に挨拶しながら隣に腰掛けた。


 「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」

 「グッドモーニング、都さん」


 岩川ちゃんは私のフランクな挨拶に、ニコッと微笑みながらいつも丁寧な返しをしてくれる。テキトーに返してくるアイツとは違うね。


 「あの、都さん。メガネ拭き持ってない?」

 「へ? もしかして忘れちゃったの?」

 「う、うん。今朝、少しドタバタしちゃって」

 「んも~仕方ないねぇ」


 私は鞄の中をゴソゴソと探って、メガネケースの中からメガネ拭きを……あ。

 そういえば、アイツに貸しちゃったんだった。


 「岩川ちゃん」

 「なぁに?」

 「私はドクズです」

 「急にどうしたの!?」

 「岩川ちゃんに貸してあげるべきだったメガネ拭きを、見知らぬ人に貸してしまいました……」

 「見知らぬ人に!?」


 なんてタイミングが悪い奴なんだろう、アイツは。そもそも私が貸してやらなくても、アイツが自分の友達から借りればいいだけじゃん。アイツにメガネをかけている友達がいるのか知らないけれど。


 

 私は、アイツの名前も年齢も知らない。

 ただ毎朝、同じバス停で顔を合わせるだけという関係で、アイツがどんな学校生活を送っているのか、友達がどのくらいいるのかもわからない。一人でいるところしか見たことがないからだ。


 私が彼について知っていることといえば、ここらじゃ有名な進学校に通っていることと、男子ってことぐらいかな。

 いや、本当に男子なのかな。しかもアイツの頭が良いだなんて信じがたいし、何かのコネで裏口入学したに違いないね。


 ま、そんなのはどうでもいっか。

 私にとっては、毎朝、学校に行く前の僅かな時間が、少しでも楽しくなるのなら、それで良い。



 恋人でもなく、幼馴染でもなければ、家族ですらなく、友人でもない。

 私達は、そのぐらいの関係で良いんだよ。

 

 

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