第18話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。夏らしい白シャツの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
九月、新学期に入っても、私達の朝は変わらない。
「バイクってかっこいいよな」
珍しく彼の方から話しかけてきたと思えば、なんかあまり彼っぽくない話題が飛んできた。
でも私には、彼が原付だったりハーレーだったり、色んなバイクに跨っても様にならない姿が想像できてしまう。
「君には似合わないよ」
「なにをぉ」
「それ、私の」
「お前の専売特許じゃないだろ」
そんな若干ドスがかかったような低音ボイスで言われても可愛くないね。
「いや、ここら辺の高校生って原付乗ってる奴多いだろ? やっぱ自転車より原付の方が、自分の行動範囲広がって良いなぁって思ったりもする」
ここら辺の高校生は、自前の通学バスを出しているような私立を除けば原付で通学している人が多い。私達みたいに律儀に路線バスを待っている方が少数派だ。
だから私は、毎朝この人と顔を合わせることになる。
「君もバイクに乗りたいお年頃なんだね」
「憧れはするが、俺は渋滞に巻き込まれるとイライラしそうで怖い」
「原付であおり運転なんてダサいよ。君ってハンドル握ると性格変わるの?」
「握ったことないからわからん。お前はどうだ?」
「ゲームの中ならよく赤甲羅投げてる」
「現実で投げるバカがいるか」
でも渋滞でイライラしてたらキラーも使いたくなるかもね。違うゲームだったら当然のように戦車に乗って砲撃したり車を踏み潰したりしてるかもだけど。
「それに、俺は事故も怖い。こっちが気をつけていてもどうにもならんこともあるからな」
「たまに見かけるもんね、交通事故」
「あぁ。俺のいとこの姉さんも高校の時に原付乗ってたらダンプに轢かれたらしい」
「お姉さん、五体満足?」
「原付はグシャグシャになったが、姉さんはたんこぶが出来ただけだった」
たまにこの人の話にいとこのお姉さん出てくるけど、なんだか面白そうな人生送ってんね。結構仲良いのかな。
「やっぱりバスの方が安全だよ。バスはそう簡単にはグシャグシャにならないだろうから」
「違いないな。お前は寝過ごしたりしそうだが」
「なにをぉ。友達がいるから大丈夫だもん」
「いなかったらヤバいのか」
「ほら、寝る子は育つって言うじゃん」
「そうか」
「何、その目は。その人を哀れむような目を今すぐやめろ」
いつも寝落ちしそうな私を起こしてくれる岩川ちゃんには感謝しかないね。
「あ、もしさ。私が原付通学するようになったら、君は一人で寂しく毎朝バスを待たないといけなくなるってこと?」
「その時はお前が乗ってる原付にしがみついてやるからな」
「新手の妖怪だね。流石に二ケツは無理だけど、自転車ならロマンチックじゃない?」
「お前が前に座ってるとアンバランスだろ。俺に漕がせろ」
「なにをぉ」
「お前って自転車のかごにすっぽり入りそうだもんな」
「前に試したけど、案外入るものなんだよね」
「試したことあるのか……」
妖精さんみたいなサイズだね、私。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
ぬぬ、夏休みが明けても変わらないね、あの人は。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。良かった、生きてて」
私、岩川ちゃんの中で死んだことになってた?
「どったの岩川ちゃん」
「昨日ね、原付に乗った都さんが、私の弟が乗った三輪車に轢かれる夢を見たの」
「私、三輪車に負けたの?」
「うん。都さんの頭が弾けて大変なことになってたよ」
めっちゃグロい夢見てるね、岩川ちゃん。
「それが正夢にならないか、私はヒヤヒヤしてたよ」
「安心して岩川ちゃん、私は原付乗らないだろうし。岩川ちゃんもずっとバス通だよね?」
「どうかなぁ。冬休みに一緒に取りに行く?」
「うーん、いずれ普通免許とるだろうし微妙かなぁ」
「一緒に日本一周しようよ」
「……原付で?」
私はバス通のままで良いかな。
なんとなく、今みたいな毎日が続けば良いだなぁだなんて、考えている私がいる。




