第17話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、私服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「今日でやっと夏期講習終わるよ~」
「俺もだ」
結局、夏休みの間も結構な頻度でコイツと会うことになってしまった。通っている塾こそ違ったものの、どういうわけかバス停は一緒という不思議な繋がりがある。
「いやぁ、振り返ってみるとあっという間だったね、夏休み」
「色々あったな」
「そうそう。鬼ヶ島に鬼退治に行ったりさ」
「お前は前世の話でもしているのか?」
「ウォータースライダーに乗ったら水着が脱げちゃったりさ」
「俺もその場に居合わせたかった……」
「お腹の中でスイカが立派に成長しちゃったりさ」
「あの時は大変だったなぁ」
「お尻から出てくるのかと思ったら、ピッ◯ロみたいに口から出しちゃったもんね」
俺はその場に居合わせていないはずなんだがな。確かに子どもの頃は、スイカの種をちゃんと出さないとお腹の中で成長するぞって親に脅されたものだ。
「勉強の方は順調なのか?」
「んでね、この前海水浴に行ってきたんだけど」
「話を逸らすんじゃない」
「わーわーわー。知らないね勉強なんて。そんなの一部のエリートがやれば良いんだよ」
「宿題は終わったか?」
「それは初日に終わらせたけどさー」
……は?
コイツ、夏休みの宿題を一日で終わらせたのか? マジで?
俺でも三日はかかったぞ、しかもコイツは夏休みの初日から夏期講習を受けに行っていたはず。
なんだろう、コイツの学校は宿題がプリント一枚だったりするのだろうか。コイツが本当にすごい奴なのかすごくない奴なのか、わからなくなる。
「君は宿題終わったの?」
「あぁ、とっくのとうにな」
「実は何か忘れてるかもよ? 美術でヌードのデッサンとかあるんじゃない?」
「じゃあ裸になれ」
「わー、ド直球。流石に裸は無理だけど、下着姿ならおけ」
「そこがセーフな理由がわからん」
大体、コイツのヌード絵でも提出したら俺の性癖というか人格というか品性を疑われそうで困る。いや、脱いだら案外すごいのかもしれないが。
いやそもそも、ウチの学校にそんな宿題があってたまるか。
「夏休み終わったら、早速テストなんだよね……」
急にテンション下がったなコイツ。夏休み明けにテストがあるのはウチも変わらんが。
「夏期講習の成果を見せてやれよ」
「えんぴつサイコロ?」
「お前夏期講習の間に何やってんだ」
「だって、授業つまらなかったんだもん。復習なんて一回やれば頭に入るのにさ、何度もやる意味がわからない」
何言ってんだコイツは。コイツと結構話している俺にはわかる、今のは冗談で言っていないぞ。
「ウチはテストもあるが、その後すぐに体育祭だな」
「こんな暑い時期に大変だね。何のコスプレすんの?」
「お前の学校みたいに仮装するレースなんて無いんだよ。俺は借り物競争に出る予定だ」
「なんだか意外なチョイス。私を連れてっても良いんだよ」
「え~っと、『声だけデカいチワワみたいな奴』っと」
「不愉快」
俺が出る種目はまだ決まっていないが、出来るだけ楽なやつに出たい。もう自分の仕事が終わったらこっそりグラウンドを抜け出して冷房が効いた部屋に逃げ込んでやる。
「修学旅行が待ち遠しいね」
「来年の話だろ」
「君のとこは何月?」
「十一月だ」
「お、ウチと一緒だ。関西?」
「いや、東京だ」
「あーん、やっぱすれ違うね、私達」
ここら辺の学校じゃどっちも定番だからな。仮に行き先が同じだったとしても、日程まで丸かぶりすることなんて滅多にないだろう。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
夏休みの最後も、変わらぬつまらなさだな、アイツの変顔は。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「もう終わりだな~」
「そうだな、短い夏休みだった」
「だから俺は、そんな明日が来るのを防ぐために世界を滅ぼす」
「魔王出てきたな」
「お前を配下にしてやっても良いんだぞ?」
「俺が革命起こして終わりだな」
「アカがここにも潜んでいたとは……」
明日からは、またアイツの制服姿を拝めるというわけか。私服姿も良かったが、やっぱあの学校の制服って良いんだよな。
なんだかんだ夏休みの間も毎朝のようにアイツと会う羽目になったが、俺達の関係はいつまで続くのだろう?




