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第15話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、白いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。

 

 「ねぇねぇ、テストどうだった?」

 「お前の学校、今頃テストだったのか」

 「え? 君のとこってもう終わったの?」

 「あぁ、先週だった」


 気づけばもう学期末、期末考査の時期だ。それが終わればもう楽しい楽しい夏休みが待っているだけである。

 まぁ、俺にはあまり遊びに行く予定はないが。


 「んで、そのテストの結果はどうだったのん?」

 「試験官の後をついていって何十キロもマラソンさせられて、まじヤバかった」

 「ハ◯ター試験受けてた?」

 「んで、残念ながら二位だった。あと二教科満点とれたら一位だったんだがな」

 「ふぅん」

 「なんだ、自分から聞いといて、その興味のなさそうな返事は」


 きっとコイツは俺が学年二位だというのが信じられないのだろう。朝に数分間駄弁ってるだけの関係性のお前に俺の何がわかるというのだ。これでも俺は真面目に人生を生きているつもりだ。


 「一方のお前は、感覚はどうだったんだ? 自己採点は?」

 「んっとね、会試はいけそうだから後は殿試だね」

 「科挙だったのか……」


 コイツがあんな独房のような個室でひたすら試験を受けさせられていたと思うと、少し面白い。

 

 「でもさ、高校受験とか大学受験とかさ、そういう試験の点数とか結果で人の人生が左右されるのっておかしいと思うんだよね」

 

 多分テストの手応え悪かったんだな、コイツ。


 「第三者が数値で簡単に理解できるから、わかりやすい指標だろ。お前はどうやって人を判断するんだ?」

 「見た目」

 「ド偏見だろうが」

 「なにをぉ。まずさ、私って可愛いでしょ?」

 「ちょっと待て。脳内会議の後に答えるから」

 「わざわざ脳内会議しないといけないの?」

 「五ヶ月ぐらい待ってくれ」

 「通常国会ぐらいの長さじゃん」

 「ちょっとまとまりそうにないから一旦解散するわ」

 「解散総選挙からの臨時国会まで待たないといけないの?」

 「落選した……」

 「脳内国会からの脳内選挙で負けることあるんだ。誰かは結論出してよ」


 認めたくはないが、まぁこんなちんちくりんも可愛い奴だとは思う。その可愛さというのは、多分小型犬とかウサギとか、小動物に向けられるものと殆ど変わらないだろう。


 そんないつもの他愛もない話をして、もうすぐバスがやって来そうな頃。俺の隣に立つ彼女は、目の前の道路を行き交う車を眺めながら、しんみりしたような表情で言う。


 「もうすぐ夏休みだね」

 「そうだな」


 俺と彼女は、通っている学校が違うとはいえ、夏休みに入る時期は殆ど同じだろう。

 それが何を意味するかと言うと、夏休み期間中は、俺と彼女が会うことは出来ないということ。


 「九月まで会えなくなっちゃうね」

 「そうだな」


 俺達の関係は友人でもなんでもなく、ただ毎朝、通学のため同じバス停でバスを待っているというだけだ。しかも乗るバスは違うというね。


 「私と会えなくなるの、寂しいでしょ?」

 「自意識過剰だな」

 「なにをぉ」


 もう知り合って三ヶ月ぐらい経つが、俺は未だにコイツの名前も連絡先も知らない。連絡先はまだしも、名前ぐらいは聞いたら答えてくれるだろう。


 「私はね、寂しいよ。君と会えなくなるの」

 「そうか。可哀想に」

 

 だが、彼女の名前を知ってしまうと、俺達の関係性が変わってしまうような気がする。友達には話せないようなバカらしい話を、できなくなる気がする。


 「偶然会えたりしないかな」

 「神のみぞ知るところだな」


 それはきっと、彼女も同じなのだろう。

 俺達の間には、あと一歩のところを踏み出せないような、微妙な隔たりがある。

 そして、そういう関係でも良いかなと、妥協してしまうところがある。


 でも、俺は。

 夏休みの間も、もしも彼女と数分間だけでも話せるなら、きっと楽しいだろうなとは思う。



 そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。

 今日彼女の変顔は、いつもより覇気が感じられない気がした。


 

 やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。


 「なぁ永野、夏休みに一緒にデート行こうぜ」

 「何が悲しくてお前とデートに行かないといけないんだ」

 「ほら、実は俺が女子でしたって叙述トリックの可能性もあるだろ」

 「そうか。あいにく、俺の夏休みの大半は夏期講習で埋まってるんだ」

 「ちぇっ。暇人は俺だけかよー」


 むしろ、塾とか行ってないくせに学年一位のお前がおかしいだけだぞ。


 「永野は海とかプールとか行かねぇの?」

 「たまには行くかもな、家族で」

 「良いよなぁ、お前は可愛い姉妹がいて」

 「その真ん中にいる身にもなれよ、一人っ子が」


 高校生になって最初に迎える夏休み。

 俺に浮いた話なんてなく、殆ど夏期講習で埋まっているのであった。


 

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