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第1話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、黒いセーラー服姿の女子が俺にピースサインを向けながら近づいてきていた。


 「今日も暑いね」

 

 肩より少し伸びた茶色の髪を黄色のシュシュで留めた彼女は、自分の顔を手で仰ぎながら、バス停に並んでいた俺の隣に立つ。


 「その制服だと余計に暑そうだな」

 「いや、案外涼しいんだよこれ。着てみる?」

 「機会があればな」


 バス停の屋根の影に隠れて涼しくなったらしい彼女は、手に持っていたコンビニコーヒーの口を俺に向けた。


 「飲む?」


 グイッとカップの口が俺の顔に近づいてきて、不快なブラックコーヒーの香りが俺の鼻腔を襲った。


 「コーヒーは嫌いだ」


 俺がそう答えて彼女の手を押しのけると、彼女は少し不満そうな表情でコーヒーに口をつけた後、口を開く。


 「こんな可愛い女の子と間接キスできるチャンスだったのに、勿体ないね」


 そういうことを言わなければ、俺も少しはお前のことを可愛い女の子と認識していたかもしれないがな。


 「たまにはカフェモカとか持ってこいよ」

 「私をパシらせるつもり?」

 「間接キスのサービス料込みで百円上乗せしてやるから」

 「私との間接キス代が百円って言うんだ、ほーん」


 彼女は毎朝、こうして近くのコンビニでコーヒーを買ってきて、バス停でバスを待ちながらグビグビと飲んでいる。飲んでるの、確かブラックだったっけ。いや忘れたな。


 「それ、ブラックか?」

 「そだよ。やっぱブラックは大人の味だね」

 「そう思っている内はまだまだ子どもだな」

 「甘ったるいのしか飲めないくせに」

 「苦いもんより甘いもんの方が美味いに決まっているだろ」


 彼女は小柄で童顔だから、俺から見るとどうしても子どもに見えてしまう。せっかく格式の高そうな女子校の制服を着てるのに、おしとやかな学校の雰囲気も台無しだ、このちんちくりんには。


 すると、彼女は携帯を取り出すと、俺の腕を肘でツンツンと小突いて言う。


 「私の学校、もうすぐ体育祭あるんだけど、私ってどの種目が良いと思う?」

 「し・る・か!」

 「徒競走と、パン食い競争と、借り物競争と、二人三脚と、ムカデ競争と、騎馬戦と、ダンス合戦と……」

 「全部言っていくつもりか?」

 「友達と二人三脚とかムカデ競争に出るのもありなんだけどね」

 「お前、友達とかいたんだな」

 「あと、コスプレリレーとか」

 「お、それ面白そうだな。幼稚園児の服でも着れば良いんじゃないか?」

 「ん、それ採用で」


 マジか……。


 「お前、運動得意なのか? めっちゃ音痴そうだが」

 「なにをぉ。私が百メートルも走ると、もう私の体中擦り傷だらけだよ」

 「お前は何かに引きずられているのか?」


 何だかちょこまかとすばしっこそうな奴ではあるが、コイツが運動神経抜群な気はしない。走ってるとこすら見たことないからわからんが。


 「幼稚園児の服って、どこで手に入るかな。昔通ってた幼稚園に頼もうかな」

 

 と、彼女は冗談ではなく本気そうな顔をして言う。

 今更ではあるが、やっぱりコイツは正気な人間ではない気がする。



 そんな朝、いつも通り定刻より少し遅れて、俺が乗るバスがやって来た。アイツが乗るバスは、いつもこのバスの後らしい。

 そして俺が学生定期を持ってバスに乗り込もうとすると、彼女は俺の背中をパンッと叩いた。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 彼女のカタカナ発音の英語に、俺もそれっぽく返して、バスに乗り込んだ。今日もいつも通りガラガラで、俺は一人がけの席に座ると、動き出したバスの中から一人でバスを待っている彼女の様子を伺う。


 すると、彼女はいつものように、俺にとびっきりの変顔を見せつけていたのであった。



 いくつかのバス停を経由して、住宅街にポツンと立っているバス停に到着すると、俺の友人である新城がバスへ乗り込んできて、こんな暑い朝だというのに爽やかな笑顔を俺に向けてきた。


 「よぉ、今日も辛気臭い顔してるな、永野」

 

 相変わらずバスはガラガラで、俺は後ろの席に座った新城に話しかける。


 「なぁ、新城。幼稚園児の服ってどこで手に入ると思う?」

 「ん? 今から警察行くか?」

 「いや、別にそういうつもりじゃないんだがな」

 「そういうつもりじゃなかったとしても、俺はお前を豚箱にぶち込みたいな。ちゃんと証言してやるぜ、普段からそういうことしそうな奴だったって」

 「そうか……」


 アイツ、どうやって入手するつもりなんだろうな。正直、写真だけでも良いから、アイツのコスプレ姿を見てみたい気持ちはあるにはある。


 でも、わざわざ見に行きたいとは思わない。

 ぶっちゃけ、アイツが本当に幼稚園児のコスプレをしてもしなくても、俺にはどうでもいい。



 俺はアイツの名前も年齢も知らない。

 ただ毎朝、同じバス停で顔を合わせるだけという関係で、アイツがどんな学校生活を送っているのか、友達がどのくらいいるのかもわからない。一人でいるところしか見たことがないからだ。

 

 俺がアイツについて知っている情報といえば、ここらじゃ有名なお嬢様学校に通っていることと、女子ということぐらいか。

 いや、本当に女子なのか? 本当にあの学校の生徒なのか? ただのコスプレという可能性もゼロではないし、もしかしたら宇宙人とか妖怪の類かもしれない。


 まぁ、そんなのはどうでもいいか。

 俺にとっては、毎朝、学校に行く前の僅かな時間が、少しでも楽しくなるのなら、それで良い。



 恋人でもなく、幼馴染でもなければ、家族ですらなく、友人でもない。

 俺達は、そんな関係で良いだろう。

 


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