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1-8 帝の勅命

寝殿の作りも簡素だったが、調度(ちょうど)は一級品だった。殺風景に見える部屋で、文机を前にして清雪は待っていた。


「俺は、この件を任されてはいるもの、他にも仕事がある。しかし、早期解決しないといけない。この藤緒にここに来てもらったのは、時間を有効活用するためだ」

藤緒が座るなり、清雪は一気に話した。やはりな、と藤緒は表情を変えない。


「あと、申し訳ないのだが、占いをするほかにも仕事がある。女というものは噂話が好きだ。茶会に行って聞いてきてほしい」


藤緒は今すぐ家に帰りたくなった。そもそも茶会などというものには行ったことがない。作法もわからない。雑談も苦手だ。興味のない話に笑って相槌(あいづち)を打てるような愛想は持ち合わせていない。そんな無理難題を押し付けられるとは思っていなかった。


「茶会とは何をするものなのでしょうか。行ったことがなくて」

藤緒は正直に尋ねる。わからないものはわからない。わからないことは、わかる人間に聞けばいい。


「いろいろ話して茶を飲むだけだ。たまに男が来ることもある」

(そんな当たり前のことは聞いていないのに。

当日に急に具合が悪いと言って行かないという手は使えないかしら・・・)

ただ、性格的にそんな芝居は打てそうにない。諦めの境地に行くしかなかった。


またため息が出そうになるが、ため息ばかりついても何も始まらないので、なるようになると気持ちを切り替える。面白くはなさそうだが、社会勉強だと思うことにした。


藤緒がそう考えていると、清雪が聞きづてならないことを言った。


「それに、この首謀者を見つけよというのは、帝の勅命(ちょくめい)なのだ」


(は?)

頭の奥で鈍い鐘の音が鳴った気がした。勅命――つまり、それは国家を揺るがす大事件ということだ。逃げ道がひとつ、閉ざされた。


「そのようなおおごとに、私を巻き込んだのですか?」

動揺を見せないように、平静を装って藤緒は聞く。動揺が怒りに変わったら、うっかり清雪を殴りそうだ。


「そなたの知識と能力を使わぬ手はあるまい。それに、俺との相性も案外良さそうだ。」

清雪は軽い調子で言った。前半はまだいい。後半はなんだ。相性にもいろいろあると思うのだが、何をもって相性と言っているのか。たかが二日で何をわかったようなことを言うのだろう。


藤緒が首をかしげて黙り込んでいると清雪は声を出して笑った。


「難しく考えずとも、相性についてはいずれ分かる。」

(見た目が好みだとか?でも、見た目で相性決めるとかちょっと意味がわかんないし・・・)

口説かれているような気はしなかった。でも、口説き文句だと言われる部類の言い回しにも思えた。

藤緒は、相性がいいか悪いかなんてそんなことはどうでも良かった。そんなことがわかる日が来る前に事件が終わる可能性も高いだろう。

しかし、ひとつひとつ前に進むたびに清雪の謎が増えていく、藤緒はそれが気持ち悪かった。


藤緒は首を振って切り替える。それよりも考えるべきは帝の勅命ということか。確かにこの国では珍しい事件だけど、帝が勅命を出すような事件だろうか。この事件の真相には何があるのだろうか。藤緒の思考が渦巻いていく。


しかしなんであれ、目の前にあることは変わらないし、やることも変わらない。一日にあれこれありすぎて、考えることが多すぎる。藤緒はいったん思考を放棄することにした。


宮木がやってきて、夕餉の支度ができたということで、そのままいただくことになった。藤緒の家で食べるよりは一品多い、そんな食事だった。ことさらに贅沢をしているわけではないようだ。食事中も伝えることが多いのか清雪は饒舌であった。藤緒が相槌を打つ必要もないほどに。


清雪の言ったことをまとめると。

発端の食中毒は関係なさそうだということ。

食中毒の毒の種類が多そうだということ。

混入者を調べても結局首謀者につながる情報は得られなかったこと。

首謀者はかなり位の高い人物ではないかということ。

最終的な標的がわからないこと。

わからないゆえにそれが帝である可能性が否定できないこと。

そのために早急に首謀者を見つけなければいけないこと。

そういうことであった。


最初の三つは父から聞いていた話で、次の二つは昨日、藤緒が思ったことだ。あとの話は初耳だが、これといって驚く点はなかった。帝が勅命を出したのも、最終標的であればこの国が揺らいでしまうからだろう。藤緒は、逆に腑に落ちる感じがして精神が落ち着いた。


「驚かないのか?」

清雪はつまらなさそうに言った。顔色の一つでも変えれば満足したのだろうか。藤緒にはそんな芸当はできないし、無表情だとよく言われる。喜怒哀楽も元来少なく、昔は他人から「人形のようだ」と言われたこともある。だから、ここでもし驚いていたとしても、顔に出ることはなかっただろう。


「毒の種類の件は父から聞いておりました。医師も疲弊したのか判断を誤った例もあったそうですね。

あとはまあ、このようなところに連れ出されましたので。何を聞いても、もう驚きません。」

藤緒は淡々と答える。夕餉を終えて、早く一人になりたかった。なのに清雪はいつまでも話を続ける。


「藤緒の家族はどのような人間だ?」

清雪がそんなことに興味があるとは思えない。本当は何を聞き出したいのか。言い過ぎないように気を付ける。


「父は医師で、かつて海の向こうの遠い国に留学したこともあり、今でも異国の書を集めるのが趣味です。医学を語るのが好きで、もっぱら私を相手に酒を飲みながら話すのが好きなようです。」

このまま続けて良いのか、清雪を伺うと、さっさと話せと言いたげだ。

「母は私の占いの師で、母の家系が占いの家系になります。優しく辛抱強い人です。兄は、些細なことで対抗心を燃やす人で、欲ばかり強く実が伴いません。昔から父に気に入られた私が気に入らないようで、私とはあまり相容れません。弟は、優しく勉強熱心で鍛錬を怠らず、相手が誰でも目の前の相手を敬う人です。」

藤緒は仕事柄、人を観察する癖がある。身内だからと贔屓目の評価はしない。淡々と答えた。


「お前は生きていて楽しいか?俺は、ただの興味本位でお前を見ているわけではない。お前の目は、何かを見落としたことがない目だ。だから・・・いろいろな藤緒を見てみたくなったんだ。」

突然、清雪が言った。変なことを言う。


「占いや父の手伝いをしているときは、心が落ち着きます。」


「落ち着くというのは、楽しいというのとは違うだろう?藤緒にもきっと、たくさんの好奇心や知識欲やいろいろな感情が眠っていると俺は思っている。お前はそれを眠らせたまま終わるのか?

外の世界は広い。お前は、見てみたくはないか。」


落ち着くというのが楽しいと違うのであれば、その感情は藤緒の知らないものかもしれない。清雪の言うようなものが自分の内に眠っているかどうか考えてみるが、現段階では答えは否、だ。


「清雪さまが何を思ってご心配くださるのか分かりませんが、自分がそのような人間だとは私は思っていません。」

夕餉はとっくに食べ終わっていた。それだけ言って冷えた白湯を飲みきると、部屋から退出した。


藤緒が去ったあと、清雪はふと笑みを浮かべた。思い通りにことが運ぶ予感に、ほんの少し酔っていた。

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