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1-7 深まる謎

清雪の(やしき)だと言って連れてこられたその場所は、帝が住まい、役所が集まる大内裏(だいだいり)に近かった。都の中では一等地とも言えるような場所であるのに、大邸宅というわけではなかった。

寝殿と東の対(ひがしのたい)北の対(きたのたい)しかなく、庭園のようなものもなく、小ぢんまりしたものだった。各々の建物も華美でも広くもなく、生活には困らないだろうという程度だ。


「藤緒は東を使え。俺は寝殿にいるし、話がある時は呼びに行く」


(隠れ家みたいな邸よね。いったい本当に何者なのかしら?)

藤緒は思う。清雪の着ているものからして、こんな邸が本邸なはずがない。清雪は、藤緒が想像している以上に隠し事が多いみたいだ。


東の対の一室に足を踏み入れた瞬間、すでに待機していたかのように、ひとりの女房(にょうぼう)がすっと現れた。

宮木(みやぎ)と申します。藤緒さまの身の回りのお世話をさせていただきます」


家に乳母(うば)はいたが、基本的に自分のことは最低限のことは自分でしている。ここで困るとすれば、着物の場所と風呂の場所がわからないぐらいであろうか。


「たいていのことは自分でできます。着替えと湯の用意をしていただければ、他はそこまで手伝っていただかなくても過ごせます。着物は不要と言われ持ってきていないのですが、大丈夫でしょうか」

藤緒は簡潔に答える。むしろ医学書や占い道具を垣間(かいま)見られたくないし、そもそもひとり時間が好きなので邪魔はされたくないというのが本音だ。


「藤緒さまのお好みはわかりかねましたが、清雪さまがいくつか選ばれておりましたので、それをご用意させていただいております。湯浴み(ゆあみ)に関しましてはお望みの時間をお申し付けくださいませ」

そういって宮木という女房は下がっていった。


(着物があるとは聞いたけど、女性の着物を選ぶなんて、恋人でもあるまいし。なんかちょっとその着物着たくないかも)

藤緒には基本的には着れればなんでもいいのだが、出会って二日目の男の家に泊まりに来て、その男の選んだ着物を着るというのがなんだか一般常識と照らし合わせると複雑だ。


(別に清雪様に囲われに来たわけではないんだけど。事件を解決したいのよ、ね?)

そもそもここに連れてこられた理由から疑いたくなる。


雲の上の方々は、出会ったこともない相手と絵姿だけで婚姻を決めるという。そんな話を思い出しながら、胸の奥にうっすらとした不安が広がっていくのを感じた。


この東の対は塗籠(ぬりごめ)を中心に4部屋。

寝所(しんじょ)さえあれば問題ないので藤緒は1部屋だけ使うことにした。続きの部屋に着替えを用意してもらうように伝える。反対の隣の部屋には碧葉にいてもらうことにした。碧葉の部屋は近い方が安心だ。

まあでも、そもそもこの邸に長居するのかどうかもわからない。今回の事件が解決してしまえば、とっとと家に戻りたいところだ。


藤緒は厨子棚(ずしだな)を見つけたが、いろいろと置いてあり自分のものを置くところはなかった。しかたなく厨子棚の横に経箱を置き、その反対側に手箱を二つ並べて置いた。


この(ぜい)を尽くした厨子棚が、この邸の佇まいにはそぐわないように感じられた。それは、藤緒が今まで見た中で一番豪奢(ごうしゃ)で大きな厨子棚であった。せっかくなので置いてあるものをよく見てみることにした。


鏡箱(かがみばこ)によく磨かれた銅鏡(どうきょう)が入っていた。誰かが手入れしたばかりという印象だ。香箱(こうばこ)からは伽羅(きゃら)の香りが漂っていた。普段お目にかかることのない高級香木だ。硯箱(すずりばこ)巻紙(まきがみ)も見つけた。一番大きな手箱にはたくさんの化粧道具に(くし)(おうぎ)が数種類入っていた。確かに、なけなしの化粧道具は持ってくる必要はなかったらしい。扇なんて発想もなかった。清雪はよく気の付く男らしい。むしろ気がつくのは宮木だろうか。少し年嵩(としかさ)のいった経験値が高そうな女房だった。


しかし、これだけ揃えられているとむしろ怖くなる。着物も何枚あるのやら。一体いつまでここにいろというのか。藤緒はとっとと帰るつもりだというのに。


「碧葉、いる?」

隣の部屋にいるはずの碧葉を呼んだ。碧葉はいつもの笑顔でやってくる。碧葉は不安にはならないのだろうか、と思うが、そう思っていたとしてもきっとおくびにも出さないだろう。


「なんでしょう、藤緒さま。入りますね」

「ねえ、いつまでここにいなければならないのかしら。早く帰りたいわ。でも、この棚の様子を見ると長くなりそうな気がして。・・・嫌だわ」


碧葉は笑顔のままで、答えた。

「藤緒さまなら大丈夫です。そうでなければ、ご主人様も、奥方様も、藤緒さまを家から出したりはしないでしょう?みな、藤緒さまならやり遂げると信じています。それは、俺も。俺はいつも藤緒さまのそばに、ついているので」


碧葉は覚悟を決めているのだな、と思った。藤緒も覚悟を決めたつもりだったが、まだまだ甘かったのかもしれない。


両手で頬をぱぁんと叩くと、よしっ!と自分に言い聞かせた。長期戦でも何でもやってやる。乗り掛かった舟だ。自分の能力があれば命は助かろう。


「失礼します。清雪さまが寝殿にお越しいただきたいとのことでございます」

宮木が呼びに来た。藤緒は占い道具を抱えて寝殿へ急ぐ。


もう日は傾きかけていた。

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