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1-6 唐突な提案

昨夜はいつの間にか眠ってしまったらしい。藤緒はけだるい体を起こして着替えた。秋が深く朝は冷える。


碧葉を呼び、昨日父に言われたことを端的に話す。

「これからしばらく、私が外に出るときはついてきて私を守ること。お互いに、絶対に死なないこと。私は外で占いをする。家訓を破るけど、それを他言しないこと」


碧葉は覚悟を決めたようにうなづいたあと、間をおいてにこりと笑って言った。

「藤緒さまは何も心配することはありません。俺は鍛錬を怠りませんし、相手がどんな人間でも負けるつもりはありません」


碧葉は頼りになる。藤緒も自然と笑顔になった。他愛のない話をして笑いあう。昔からの癒しの時間だ。


清雪はいつ来るのだろう。今日も来るとは言っていたが、何刻(なんじ)に来るとは聞いていなかった。今は巳三刻(みのさんこく)(10時)を少し回ったころだ。

清雪に今日も来ると言われたので、事前に入っていた予約はすべてお断りしていた。せっかくの稼ぎなのに、もったいない。


藤緒の手は自然と手箱に伸びる。落ち着かないときは、カードを触っているのが落ち着くからだ。カードたちも碧葉と同じで、良き友人であり話し相手だ。


自分を占うことはできないが、清雪のことを占うとすればどうだろう。清雪のこの先の未来への助言、そんな大まかなものを求めてカードを切った。未来と言っても、向こう半年から1年ぐらいまでしか出ない。

『あら、久しぶりだけど今日は私ね』

リリーがそう言って手を上げた。


カードを切って、ここだと思うところで1枚、カードを出す。


--成し遂げないといけないことにかかりきりになってはいけない。謎は徐々に明らかになるので、一足飛びに動いてはならない。怒りに執着しないように。それは毒になりかねない。怒りを忘れられなくても前に進み、許すこと。

それが1枚目の託宣だった。


もう一度カードを切り、同じようにもう1枚、カードを出す。

--新しい道を歩み始めるよう求められている。あなたは、すべての自分の中で最も強い自分を発見している。周囲は驚くかもしれない。反対するかもしれない。でもそのまま突き進めばいい。心に道案内を頼みましょう。共時性、意味ある偶然の一致に注意を払いましょう。そこには天の意思が働いている。

2枚目の託宣も、なんだか深い。

清雪が成し遂げないといけないことなど藤緒は知らない。ただ、今この事件の真犯人に対して怒っているのはわかる。もともと歩いていた道を知らない藤緒には、新しい道が何なのかもわからない。


(まあでも、真名も知らない人の新しい道なんて知ったことではないかな。)


「自分を占うこともあるのか?」

振り返ると清雪がいた。突然現れるとか、心臓に悪いのでやめてほしい。


「自分のことを占ってはならないというのが家訓です」

では何を占っていたのだと言いたげな顔をしている。

「清雪さまの未来について、大まかに助言を聞いていました。未来と言っても占いでは半年から1年程度先までしか占えないのですが」


清雪は黙ったままだ。結果を催促していると受け取る。先ほどカードが言ってきたことをそのまま伝えた。清雪は頭をかいた。思い当たる節があったのなら幸いだ。占い師冥利(みょうり)に尽きるというものである。


「突然のことだが、提案がある。昨日の帰りから、ずっと考えていた」

清雪が真剣な顔で切り出す。どんな提案だろうか。藤緒には想像もつかない。


「しばらく、俺の家に来ないか。その方が事件も早く片付くように思う」


「はい!?」

(さっき一足飛びに動くなってカードに言われてたじゃない。)


「正直、頼む立場でこんなことを言うのは申し訳ないが、ここに来ると俺はこの件にかかりきりになる。お前が家に来てくれれば他の仕事をしながら事件のことも並行して処理できる。昨日のことで、お前と一緒に動いた方が、事件の全貌(ぜんぼう)にも早く辿り着けると思った」


(一理ある。一理あるけど。一応、わたしは仕事を持っている未婚女性なんだけど)

男性宅への居候(いそうろう)は勘弁願いたい。そういえば妻帯者(さいたいしゃ)なのかも聞いていない。妻と子がいるとしても側妻(そばめ)を家に囲ったように思われそうで嬉しくない。


「それは常識と外聞(がいぶん)鑑みて(かんがみて)いかがなものかと。それに、私にも仕事があるのですが」

ため息を大きくして、藤緒は答える。だが清雪は引き下がらない。


寝殿(しんでん)に藤緒の両親の姿が見えた。話してくる。準備しておけ。着物と化粧道具は何とかなる」


(え?そういう問題?断る選択肢ないの?)

清雪は出て行った。両親はおそらく了承するだろう。「大きな渦に巻き込まれる」と予見していた。こんなこともあるのだろうと、わかっていたのかもしれない。わかっていなかったかもしれないが、少なくとも藤緒の両親があれで驚くこともないだろう。


そうなれば、藤緒は否応なく、準備するしかない。占い道具はいつもの手箱に片づけた。青い蝶が描かれた蒔絵螺鈿細工(まきえらでんざいく)のものだ。我が家には不釣り合いだが、その昔、時の帝から下賜(かし)されたものらしい。

青い蝶というのが神秘的で気に入っている。川などの水辺に行けば黒い蝶で羽根の一部が青いものがいるが、それとは違う美しさだ。

外国には本当に空の色の真っ青な色をした蝶がいるという。いつか見てみたいものだ、と藤緒は思う。


化粧道具は何とかなると言われたが、一応、おしろいと紅を入れておく。身を守るものとして、寝所にいつも置いてある懐剣(かいけん)を入れた。

そして藤緒は経箱(きょうばこ)を引っ張り出した。本来なら経典を入れておくものだが、今は違う。部屋にあるだけの医学書を詰め込んだ。多分、何かの役に立つ。西方の医学は秀眞(ほつま)の国の医学よりもずっと進んでいる。


「ご両親の許可は取れた。乳兄弟を護衛に連れていくことが条件だ」

父は昨日と同じ条件を清雪にも出したらしい。


占い道具を藤緒が持てば、あとの荷物は碧葉が持ってくれた。藤緒は清雪の乗ってきた馬車に乗り込み、荷物を置いた碧葉は馬で後ろからついてきていた。


(あー、これからどうなっちゃうんだろう)

生きる活力がそれほどあるわけではない藤緒は、昨日のことで十二分に疲れていた。あんなことが次々と起こる日々は考えただけで地獄に思える。

それに、いざというときに父は命を守れと言ったが、剣を扱ったことのない藤緒が、懐剣ごときで身を守れるのか不安で仕方なかった。


(頼むから、命のやりとりをするような場面には遭遇したくない・・・)

信心深くもないのに神に祈るように天を見上げ、藤緒は馬車に揺られた。

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