1-4 アカンサスの導き
藤緒の占い通り、馬車は都の碁盤の目を西南西に向かって進んでいた。馬車の中の清雪は無口で、その分、藤緒は清雪をまじまじと観察していた。
衣は秋が深いこともあって絹。それも上等なものだ。長年着古した袿を重ね着して寒さをしのぐ藤緒とは大違いである。薄暗い中で見る清雪は、少し色素が薄いようにも見えた。じっくり見ると、目の色も薄い茶色だった。日に透けると髪の色も茶色いのだろうか。
この国では混じり合う血を持つ者は稀だが、貴人の間では珍しくもなかった。外交政策の中で、海外から妻を娶ることも少なくないからだ。帝はもとより、重臣たちはそうやって外国と繋がりを作ると聞く。藤緒の家などには全く縁のない話であるが、清雪はその中で生まれた人なのだろう。
(うん、考えるのはやめよう。)
考えてもロクなことにならない。そうであれば縁ができることのないほどの貴人だ。この事件さえ終われば関わり合いにならないはずの人間だ。深入りしないのが賢明である。
しばらくして、馬車が止まった。
「このまま西南西に行っても大丈夫か?」
清雪が尋ねる。要するに、もう1回占えということだ。
先ほどと同じ方法で方角を占う。今度は西の方角が禍々しい。
「ここからは西、ですね。」
方角が変わった。なぜ、ここで止まったのだろう。清雪も直感の働く人間のようだ。藤緒はどこか、自分と似た気配を清雪に感じていた。
この方角に確かに毒をばらまいた犯人はいるだろう。ただ、藤緒は恨みを持つ人間そのものが実行犯だとは思っていなかった。おそらく、これだけ直感が働くのなら、清雪も気づいているだろう。
二刻(1時間)ほど西に進み、都のはずれに差しかかったころだった。もはや貴族の屋敷はなく、あばら屋がまばらにある程度である。
『ここだよ。この、北西の家の女。』
「馬車を止めてください!」
アカンサスの声がして、藤緒は大声を上げた。
「どうした?」
清雪が驚いたような声をあげる。
「道具を使っていないので信じがたいと思います。でも信じてください。この馬車から見て、北西の家です。そこに、犯人がいます。」
清雪がにわかに立ち上がって出て行こうとしたところに言い残したことを言う。
「犯人は、女性です。」
アカンサスは何ものなんだろう。引かなくてもここまで言い当てるのか。そこまでできるから、この時期に現れたのか。よくわからない。
馬車で待つ間、藤緒はアカンサスが出てきた謎について思いを巡らせた。
一刻(30分)ほどして清雪が戻ってきた。犯人らしい、女を連れて。
清雪の従者らしき人物が、検非違使に引き渡すという。
その家には、夫婦が住んでいたが、夫の方は何も知らないようであったらしい。妻の方は少し問い詰めるとすぐに白状し、いろいろな家に食べ物を売りに行きがてら毒を混ぜたと言ったようだ。
誰に頼まれたのかと聞いたら、貴族の従者のような服を着た覆面の男で、食べ物を売って稼ぐ金額と同じだけの金をくれるというので話に飛びついたという。だから、誰から頼まれたのかというのははっきりしなかった。
中肉中背の特徴のない男で、雨でもないのに笠を被り、覆面をつけ、暑くないのかと思っていたという。
(収入が倍になるといえば飛びつくのもうなづける)
きっと女は毒がなんであるかも知らなかったのだろう。
毒と分からないように加工済みのものを渡せば、誰も毒とは気づくまい。
「完全に身元を隠しているじゃないか。手がかりのひとつもない。」
清雪は呆れ顔で言った。手がかりのひとつもあると思っていたのか。
「蜥蜴の尻尾だったわけですね。」
藤緒はそう答えるが、清雪は不服そうだ。顔を膨らませ、子どものようだ。まだ半日ほどの付き合いだが、これまで見てきた清雪らしくない。
だからこそ少し面白い。それでこそ人間というものだ。
「清雪さまにもそのような一面がおありなのですね。子どものようです」
清雪がますます口を尖らせた。
藤緒はくすくすと笑う。
馬車は藤緒の家に向かう。もう、夕餉の時間だ。
馬車を降りるとき、清雪が言った。
「明日も来るぞ。乗りかかった船だ。最後まで付き合え」
「本気ですか?」
藤緒は驚いて尋ねる。
「そんなことで嘘をついても仕方あるまい」
清雪はそう言い残して、藤緒を家まで送り届けるとどこかへ帰っていった。
藤緒の中に残ったのは、彼の正体への疑問だけだった。