1-2 風変わりな客
新しくカードが現れた日は、月の忌が来る予定の日だったので予約を控えていた日だった。
「飛び入りの人が来たんですけど、どうします?」
碧葉が言った。ちょうど良い。今日は退屈していた。
「いいわ、入ってもらって。」
藤緒は着ていた袿を直すと、客人を待った。
いくらカードが好きでも、家訓には自分を占ってはならないという掟もあったりする。ゆえに、客が来なくては暇で仕方ない。
(へー・・・。この顔立ちは、なかなか見れないかも)
整った顔立ちをして、上品な狩衣を着こなすその姿は、絵巻物の中から出てきたような美丈夫とでも言えばいいのだろうか。藤緒は仕事柄いろいろな男性を見てきたので美醜にはうるさい。
かといって恋愛は自分ごとになると思ったことがないので、野次馬的にうるさいだけなのだが。
「今日は、何を占いましょう?お望みは?」
いつものごとく、淡々と始める。しかし、男は意外なことを聞いてきた。
「不躾に聞こえるかもしれないが、あなたの名はなんというのだろうか?」
珍しい、と藤緒は思う。普段の客は自分のことに手一杯で、こちらの名など聞かぬのに。だが藤緒とて隠しているわけではない。なにしろ占いは自分の家の自分の部屋でやっている。
「高辻藤吾の娘、藤緒と申します。」
父の名を冠に付けるのは、女子の名乗りの常套句だ。
「ああ、あの方ですか。お父上のご活躍は噂に聞いております。特に貧しい者にも手を差し伸べると・・・。だからあなたにも医術の心得があるのですね。本棚に海の向こうの医術書が見えます」
(この人、短時間でよく見ている。)
別に目立つように置いてある本棚ではないはずだが、そんなところまで見る人は過去にはいなかった。
なぜ医術書があるかといえば、藤緒は基本的に突き詰めるのが好きな性質だからだ。父が酒の肴に医学を語るだけでは、知識欲が満足しなかった。父に頼んで本を貸してもらったり、異国から取り寄せてもらったりもしていた。医術書を読むために海の向こうの言葉をいくつも覚えた。
(何がしたいの?)
飛び入りの客を不審に思う空気は、つい几帳を超えてしまったようだ。
「失礼しました。私は、清雪と申します。」
藤緒は違和感を覚えた。何かが違う。直感がそう告げていた。おそらく偽名だ。ただ、占いといった不確定なものに本名でくる客ばかりではない。そんな人間のひとりに違いない、と嫌な予感を押し留め、藤緒は自分に言い聞かせる。
「今日のご用件はなんでしょうか?」
淡々と述べる。几帳の向こうで、男の口角が上がったのを見逃さなかった。
「いえ、父の形見をなくしてしまいましてね。思い当たるところは全て調べたが出てこない。ちょうどあなたの噂を聞いて、藁をもすがる思いで来ました。」
男の語る言葉にはあまり抑揚がない。それは押し留めた違和感を、さらに大きなものとするために重なっていく。
はて、どのカードを使おうか、手箱の中のカードと話し始めようとしたそのとき、
『俺が行くわ』
アカンサスが言った。使い慣れないカードは常連さんから試したかったが、他のカードは今のところ静かだ。
覚悟を決めて、現れたばかりのカードを切る。
「素敵なお父上だったのですか?」
当たり障りのない質問から会話を始める。会話の中から情報を引き出しておいた方が、カードの意味づけ方が深くなる。それに、新しいカードはよく混ぜてから始めないといけない。
「いや、父とは昔から馬が合わなくて。大切だと思われていると気づいたのはつい最近ですよ。」
1枚目のカードを引く。
『今のことばに、嘘はない。』
アカンサスもそう言っている。藤緒の勘としてもそうだと思う。
しかし、つい最近亡くなった親の形見をなくすだろうか。
アカンサスは何も言わない。
「形見の品とは、どんなものなのですか?」
「螺鈿細工の文箱です。装飾が美しい品で。」
カードは、『知恵者、嘘つき、ずる賢い』そんな意味のカードだった。
確認のために、ダリアを出す。
(ちょっと確認させてね。)
カードを混ぜて2枚引く。やはり、同じ結果だ。ただ、権力者のカードが共に出た。
(身分の高い方なんだろうか。だとしたら偽名も納得できる。)
『この人、本当のことはあまり言っていないわ』
ダリアが言う。
『藤緒を試している』
アカンサスが言う。
(2人がそういうのであれば、自分の感覚とも相違ない)
「あなたのお父上は、本当にお亡くなりになられているのでしょうか。そして、形見の品など存在するのでしょうか。
・・・そんなものは存在しないと、カードは告げています」
清雪と名乗る男は足を崩すとくすくすと、何かを見透かしたように笑った。
「さすが、当代随一と言われる占い師殿。そう、その通りだ。私の父は存命で、形見の品はまだ存在しない」
「本当のご用件は?」
おそらく、これがアカンサスが現れた理由なんだろう。
とてつもなく大きな厄介事。それを持ち込もうとしていると思われる、偽名を使うこの男。
(正体は、さすがに今は教えてくれないからしら)
考えても答えなど出てこない。だが、ふと、この男の奥に隠れている“本当の顔”が気になった。小さくため息をついた藤緒に、清雪と名乗る男はこう言った。
「藤緒殿に頼みがある。几帳をどけて話をできまいか。」
藤緒の背筋が凍る発言だった。