2-10 熱狂の行進
歌いながら歩けば馬車より速さは遅くなる。民衆の動きは予測できず、気を抜けない不安定な状況だった。
東屋で、藤緒は占いをすることにした。なんとなく手箱の中を見ていたら、リリーとオルメカと目が合ったように思ったからだ。
清雪は藤緒がカードを触り出したときから、目を離さずこちらを伺っていて、藤緒が話し始めるのを待ち構えているように思えた。外には朔夜が気を配っている。
「好ましい出来事がこの先に待っています。新たな挑戦がありますが、思いやりを持って保護を心掛ければ、実現可能となるでしょう。目的と運命を理解する手伝いをすることになります」
藤緒は淡々と述べていく。
清雪にとって悪い話ではないのだろうが、抽象的な話に思えるのだろう、首を捻っていた。ただ、その表情は島にいたときと比べると格段に柔らかい。
(民衆の目的っていうのが、わからないわね。おそらく、背後に外の国がいるとしても、その国とも龍堂さまとも目的は違うと思うのよね・・・)
龍堂自身は、自分の目的について「朝廷を見返したい」と言っていたが、藤緒の直感は、民衆の目的はそれとは異なると告げていた。
いつまで待っただろうか、夜が更け始めたころ、あの島中で歌われていた歌が聞こえてきた。むしろ島で聞いたときより気が高ぶっていることが窺われた。
(この息遣いは・・・踊っているのかしら?)
独特のリズムと呼吸が、歌い踊る様子となって藤緒の脳裏に浮かんできた。
「この世は幻~~照らすは神~~阿毘達磨神こそが~~!!」
民衆は熱狂している。熱狂して踊り狂っている。これを迎え撃つのは、清雪が用意した兵士たちであった。
しかし、屈強な兵士たちも数の暴力には勝てないようだった。民衆には指導者と思しき者はおらず、誰を抑えればいいのかもわからない状態だった。ただ民衆は一塊となって動いていた。
「目指す場所があるのか?」
清雪はつぶやいた。少し考えたあと、清雪は馬に乗り、藤緒を前に乗るようにと導いた。民衆についていくつもりのようで、遠巻きに他の者たちも馬に乗り民衆を囲っていた。
「なんか、祭りのようですね。清雪さまは知らないかもしれませんが、庶民の祭りによく似ています」
藤緒は言った。夏によく民衆が踊っている祭りによく似ていた。民衆は疲れた様子もなく歌い踊り、どこかへ向かっている。行き違う者は避け、兵士の方を見ることもなく進んでいっていた。
(彼らは、何かに導かれているんだわ・・・)
藤緒は感じた。彼らの脳裏に、阿毘達磨が写っているのが見えた。
「これだけ誰にも危害を加えないとなると何も手出しができん。どこまで行くんだ、こいつらは」
清雪は声を絞り出すように言った。藤緒には、清雪の顔にやるせない焦りが浮かんでいるのが見えた。
ただ、権力を欲していたのに得られなかった龍堂の怨念とは別の思いで、民衆は動いているようであった。二人は馬の上から民衆をただ眺めているしかできなかった。
そんな行動が、一昼夜続いた。明け方を過ぎると、馬に乗り慣れていない藤緒はかなり疲労が溜まっていた。歌い踊る民衆は歩みも遅く、かといって清雪に寄りかかるわけにもいかず体勢を整えていたところ。「寄りかかったらいい」
と、清雪に引き寄せられてしまい、藤緒は少し気まずい思いを感じた。
そこにいた誰もが、民衆は都に向かっていると思っていた。
しかし、民衆の進行方向は、少しずつ都への道筋から外れだした。
「都の方には行きませんね。都へ行くならあちらの道を行かないと」
藤緒がそういうと清雪は少し考えていた。都の外に出たことのなかった藤緒は、この道の先に何があるかを知らないので、民衆の目的もなにも想像がつかなかった。
「この先には信仰者の多い大規模な社がある。そこに向かうのかもしれない」
清雪は護衛達に先に行くことを告げると、朔夜を共にして社へ向けて馬を走らせた。否応なく藤緒は付き合わされる。碧葉は護衛から馬を借りると後を追ってきた。
社までは二刻ほどかかった。民衆が来るまでは半日くらいありそうだ。
「大神祇はおられるだろうか」
その社にはたくさんの建物があった。小高い丘の上にある社であった。
いろいろな建物や小さな社がありながら、頂上に大きな社があった。そこに着くと、近くにいた人物を捕まえて清雪はそう言った。
奥から、高齢の神祇官が現れた。あれが大神祇という人だろうか。
「あなたさまが直々にこんなところまでおいでになるとは、何事かありましたかな?」
またこの人も、清雪の正体を知っていて居住まいを正したな、と藤緒は思った。そうは思うものの、藤緒は口をはさむ気はなかった。清雪の正体を知ったところで面倒なだけだと藤緒の勘が言っているからだ。
清雪は今までの経過、龍堂のことまで含めてすべてを一気に説明した。そして、民衆がここに向かっているかもしれないと。
「神を崇め奉る者たちであれば、無碍に扱うことは致しませんので、わたしに任せていただけないでしょうか?」
大神祇という人が恭しく述べた。清雪は気が立っているし、藤緒はただの占い師だし、確かに落ち着いた人間が相手をするほうが良いだろう、と藤緒は思った。
清雪は若干納得がいっていないようであったが最終的には引き下がった。一番大きな社の中に入れてもらい、朔夜と碧葉と4人、民衆が来るのを待つ形になった。
(目的地がここじゃなかったらどうする気なんだろう)
藤緒はふと思ったが、そのときはまた民衆の後を追えばいいのだ。彼らの速度は遅い。藤緒の脳裏には踊り狂う民衆が見えていた。頭の中で鳴り響くあの歌声が、耳から聞こえてくるのをじっと待っていた。




