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第一章 運命の扉 1-1 日常のほころび

ある朝、目が覚めると枕元に見たことのないカードがあった。


『新しく必要なカードが来たよ。』

目が覚めると藤緒の頭の中で声が響いた。


藤緒の占いの家系では、今ある占い道具だけでは対応できないことが起きるとき、不思議とその者の元に必要なものが現れるという。

藤緒が生まれたときに用意されていたカードは3つ。3つというのは多い方で、女の子が生まれたとしても素養がない場合は、残酷にもカードは出現しないらしい。


1つ目は、80枚のカードで『コリント』という名だ。名前は違えど一族の素養のある娘には必ず現れるのがこの80枚だ。

2つ目は32枚のカードでより身近なものを描いたもの。昨日書き換えに使った『ダリア』だ。使い勝手がよいので藤緒は気に入っている。同様のカードは母にもあり、占い師の娘はたいてい持っているという話だ。

3つ目は50枚のカードでいろいろな言葉とそれに合わせた異国風の絵が書いてある。『リリー』という名で、百合の花のことらしい。

これは藤緒独自のカードで、母には現れていない。ただし、母にしか現れていないカードもあり、それは藤緒には現れていない。


藤緒の家系では、母親は幼いころに自分の娘に占いの基礎を教える。藤緒が教わったのは数え3つのときだった。お互いのカードを見せ合う機会はその時期しかない。母のカードはそのときは3組だったような気がする。そのあと新しいカードが現れたとは聞いていない。

基礎しか教えてもらえないので、あとは自分流に血筋を信じて体得する。それが藤緒の家系の占いだ。


そして今、新しいカードが目の前にある。これは、藤緒にとっての4つ目のカードだ。そして、母には現れていない、藤緒だけのカード。

なんだか枚数が多い。今までのカードを補助するカードとは言いがたい。

(何枚かな・・・)

藤緒は絵を見るとともに数を数えた。数えてみたら、80枚あった。コリントと同じ枚数である。手にとって感じる雰囲気もどことなく似ていないこともないが、はっきりと異なる面を感じた。力強く荒々しい印象だ。荒々しいといっても悪い印象ではなく、男性的というのがしっくりくる。


「あなた、お名前は?」

藤緒は頭の中で聞く。カードの声は藤緒は頭の中で響くことが多い。

『アカンサス。よろしく。』

カードが答えた。どういう意味なんだろうか。どうして秀眞の国の名を名乗ってくれないのか。藤緒は医学の影響で外の国の言語も学んだ経験があるが、やはり母国語でない文字の羅列は覚えにくい。


ただ、メインのカードと同じ枚数のカードが現れたということは、かなり大きな出来事が起きるのではないか。コリントで足りないということだ。藤緒が占うのは恋愛のことが多いので、コリントもどことなく恋愛向きの雰囲気を醸し出している気がしていた。恋愛でないことを占わないといけない可能性があるということか、と藤緒は推測する。


(嫌な予感がする。むしろ、嫌な予感しかしない。)

藤緒は基本的に変化のない生活を好んでいる。占い師と医師の手伝いが繰り返される日常に満足している。大きなことにはできれば巻き込まれたくない。人の色恋沙汰を占うぐらいでちょうどいい。診療所も、手伝うぐらいがちょうどいい。


「あー、どうしたものかしらねー。」

一人、ごちる。何か変化が起きるのであれば、まずは両親に報告した方が良さそうだ。


朝餉に呼ばれて寝殿へと向かう。藤緒の家は、誰かが宿直でもない限り、朝餉はみなでとることになっている。今日は、両親と弟がいた。兄は宿直らしい。


「お父さま、お母さま、今日、枕元に新しいカードが出たの。」

藤緒は単刀直入に切り出した。父は医師であるが、母の家系の占いのことに関しても理解が深い。兄も弟も占いには立ち入らないと決めているのか、こういう話に口を出してくることはない。


「あら、どんなカード?普通は結婚間際に起こることが多いわ。藤緒には恋人はいなかったわよね?」

母が持つ3組目のカードは、父との結婚間際に現れたのかな、と考え込む。この話は初耳だった。

「80枚ある、主に使うようなカードに似てる感じ。恋人もいなければ、結婚もする気ないから、私。」


不思議そうにおっとりと首を傾げる母の横で、父が口を開いた。

「ひょっとして、人生が穏やかなものではなくなるのかもしれない。たとえば、意図せず大きな渦に飲み込まれてしまうような。」

ゆっくり、噛み締めるように話す。父の言葉にはいつも説得力がある。そして、藤緒が危惧していたことを父は言ってのけた。


「そうね、それであればありえなくはないわ。」

母もゆっくり肯定する。


(いやそれ困るんだけど。他人事だと思ってちょっと軽々しくない?)

心の中で反発するも、なぜか次に口を開いたのは弟だった。


「姉さんは腕も立つし、この狭い家の中で終わる人じゃないのかもね。」

弟の和馬(かずま)が珍しく口を挟んできた。出仕したての15歳に、大きな渦に飲み込まれるとか想像がつくのだろうか。無責任極まりない言いようだ。


「働き出したばっかりのあんたに言われたくない。」

「えー、でも姉さんの占いは都中で評判で大人気じゃないか。」

「そうだけど、厄介ごとは勘弁なの。」

軽口を叩き合う。


藤緒が好きなもの、それは好きなことをして暮らす平穏だ。

占いは好きで、カードも好きだ。父の手伝いは楽しく、町のみんなも好きだ。そしてこの家が好きで、家族も好きだ。


だからこの平穏が崩れるなんて、そんなことは考えたくなかった。

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