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2-4 予兆

藤緒は結局、日が落ちてもしばらく外で海を眺めていた。船の明かりしか見えない真っ暗な海、見上げれば都よりもたくさんの星が見えた。それはどれも輝いていて綺麗で、藤緒はいつまでも見ていたかった。


(海って、すごく静かで穏やかなんだなー・・・。私の好きな静けさだわ)

藤緒は感慨に耽っていた。両親と暮らす邸でひとり過ごす夜に感じていた静けさにも似ていた。


しばらくして、藤緒は夕餉に呼ばれて部屋に戻った。夕餉と言っても頓食(とんしょく)(おにぎり)で、今朝出発する前に、旅籠で作ってもらっていたそうだ。明日の朝もそうだという。


(こうして旅路に途中で食事に困らないなんてありがたい話だわ)

藤緒が頓食をゆっくり味わって食べていると、清雪の視線を痛いほど感じた。早く占いをしろ、ということなのだと藤緒は推測する。


しかし、急かされても正しい結果は出ない。占い師は平静でいなければならない。よって、藤緒はその視線を無視してゆっくり食べる。


腹ごしらえを終えたところで、ゆっくりと手箱を開けた。


この部屋の中には文机などというものはないので、座っている床にカードを並べる。アカンサスが名乗りを上げた。この先起こること、ということで占いを始めた。民衆に何かが起きている、と清雪は言ったが、先入観は持たないで占うのが藤緒の主義だ。


(けっこうややこしい話ね・・・)

『恨みを持つ地位ある人間が民衆を煽動しているってことなんだけど。今回はどうも恨みがひとつにはならない感じだ』

アカンサスはあくまでも冷静だ。


藤緒は、頭の中でアカンサスと話をしながら結果を整理して言葉にする。

「誰かが多くの恨みを抱え込んでおり、もう抱えきれなくなったとあります。平常心であれば思いつかないような願いを叶えたいと考え始め、それを本人は「新しい旅」と思っているようです」


「新しい旅か。恨みを持つ人間はどうも新しい旅に出たがるな」

清雪が言った。食中毒事件の犯人のことを思い出したのだろうか、と藤緒は考える。しかし、過去は過去、今は今だ。今の占いの話を続ける。


「そして、それを実現させるために表向き信仰上の理由を与えられて民が動いています。民たちは恨みを持つ人間の真意は知りません。3ヶ月後には何かしらの勝利をおさめるとあります。なにが勝利に当たるのかは現段階では分かりません」


「彼らが勝利する・・・?」

清雪が苦々しい顔をして呟いたが、藤緒は無視してさらに続ける。


「恨みを持つ人間は、価値あるものを手にしているにも関わらず、失ったものばかりに目がいっています。そのために必死なのです」

なんだろう、藤緒は虚しさに襲われる。これは、恨みを持つ人間が抱えた虚しさが入り込んできたのだろうか、とその感情を藤緒は味わう。


「一方、民は自分たちが虐げられており、この信仰をを広めれば彼らの願いは遂げられると思っています。その結果、民は多くの愛を得て自分の力を取り戻すと出ております」

藤緒の言葉を清雪は食い入るように聞いていた。これは、こちら側としてはあまりうれしくない結果であろう。


(愛って、概念として広いから・・・神の愛だけではない可能性が高いかな・・・)

藤緒は直感的にそう感じていた。


『わたしにも話させて』

リリーが言った。リリーを引いてみる。


「間違った判断、失敗の恐れということも言われていますね。そこはかとない緊張感があり、終着点にたどり着けることはわかっているけれど、そんなことよりも中身が大事と言われています。あくまでも謙虚に。必要な思考や直感は天よりもたらされるとあります。夢の中に気づきがある場合があるので注意してください」


「それは、俺たちに対する助言か?」

清雪は感心したように呟いた。

「そうかもしれませんね」

淡々と藤緒は答える。ただ、自分に対して助言が出ることなど滅多にない。

それだけ、山が険しいのかもしれない。


『ちょっとアカンサスがいうことだけじゃ難しくない?わたしも話すわ。』

ダリアまで出てきた。どうも使うカードの種類が多い。


「では、私たちから見たこの6ヶ月後までの流れを見ますね。」

藤緒は言った。こういった流れが、ダリアは得意だからだ。それぞれのカードの得意分野を活かしてみていくことで占いは確かになる。


「1ヶ月目は心配事がささやかれており、それが翌月には争いを見ることになります。」


清雪が少し立ち上がったように見えた。「争い」という言葉に反応したのだろうか。藤緒は横目でちらりと見るだけで続ける。


「3ヶ月後には疑惑や混乱が起こり、4ヶ月後には何か女性が関わることが起きて、5ヶ月後には用心しないといけないことが起こります。」


(気が抜けない戦いのようね・・・)

藤緒は思った。様子を見て帰ってくるだけかもしれないなどという呑気な話では全くなかったようだ。


「6ヶ月後は刈り取りですね。収穫・・・なんと言いますか、集大成のようなものでしょうか。そういったものが訪れます。」


「きっちり半年かかるということか?」

「結果的にそんな印象にはなりましたが、それは分かりません。未来を書き換えることもできますが、何をどう書き換えていいのか正直、想像がつきません」

未来の想像がある程度つかないと書き換えはできない。ピンとくるものがないといけない。恋愛の占いなどは「返事が早くもらえるように」など具体的でわかりやすいが、この問題はわかりにくい。


『・・・・・・』

カードたちは誰もしゃべらない。藤緒の脳内も珍しく沈黙だ。未来の書き換えについて、カードたちから助言がない。藤緒がためらう状況で助言がないということは、藤緒の経験上、それはしない方がいいということだ。


「島には西と東に大きくそびえる山があり、どちらも霊峰と呼ばれている。まずは船着場から近い東の霊峰に向かい、そこの祠を守っている者に話を聞く予定だ。必要ならば西へも向かう」


清雪はかんたんに言っているが、それは藤緒の足では登れないのではないだろうか?山に登るということはしたことがない。霊峰と呼ばれるほどの高くそびえたつ山に登るなど、明らかに足手まといだ。宿で留守番だろうか。


「思ったより悪い状況かもしれないな・・・」

ひとりでぶつぶつ言う清雪は、そんなこともつぶやいていた。藤緒はなんの想像もなく占いを行ったわけだが、悪い状況、という言葉にだけは同意できた。恨みを抱えきれなくなった者は、どこに新しい道を見つけたのか。


そうして夜が更けた。藤緒は掛けていた単衣と袿を頭までかぶり、手箱の方を向いて寝た。枕も畳もなく、少し身体が痛かったが、それは些末(さまつ)なことだった。


窓のない部屋で、お互いに背中を向けた暗い夜が過ぎていく。清雪も藤緒も、この先に待っている『悪い状況』が気になって仕方なくて、たいして寝ることはできなかった。

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