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2-2 旅の始まり

多くの貴族の子女がそうであるように、藤緒も都の外には出たことがない。

かつての藤緒に限っていえば、ほとんど家から出たことがなかったわけだが、清雪に言われるままあちこちの茶会に行かされた結果、都の外に出たことがない程度の、普通の貴族の子女になった。


出発の日、馬車に乗ると知らない男がいた。

「藤緒さま、初めまして。私は朔夜(さくや)と申しまして、今回の旅の護衛の責任者を務める者です。

今回の旅はいわばお忍びに近いので、護衛のものは主に離れて警護しております。私と、御者の隣の1名が常におそばにて警護いたします」


(この人はわたしが清雪さまの本当の身分を知っていると思っているのかしら。そういうわけじゃないのに)


慣れてきたとはいえ自宅ではない邸に疲れた藤緒は、清雪がどこの誰であるかはどうでも良くなってきていた。考えなくて済むのであれば考えなくていいし、もし考えないといけなくなるときがあるのであれば、そのとき考えることにしよう、と割り切っている。


「初めまして。藤緒と申します」

藤緒はとりあえず朔夜に頭を下げた。上背もあり筋肉質な男だ。きっと屈強なのだろう。

ただ、藤緒は気づいている。彼らが護衛しているのは清雪であって、自分は付属に過ぎない。自分を守るのは碧葉のみであると。


「じゃあ、行こうか。」

藤緒と碧葉が馬車に乗り込んだあと、遅れて清雪が乗り込むなりそう言った。馬車は二台で、一台は荷物だけを運ぶらしかった。その中に藤緒の着物やら何やらも積まれているのだろう。


馬車は二刻(にとき)(1時間)ほど走ると、都の南の大門を出た。ここからは都の外、未知の世界だ。


「清雪さまは、都の外に出ることはよくあるのですか?」

馬車の中では沈黙がずっと漂っていたので、藤緒は興味本位で聞いてみた。

「子どものころは、よく遠乗りで外に出たことはあるぞ。元服してからはあまりないな。都を離れたところに住む人を訪ねる程度で」

清雪の目は、懐かしむように遠くを見ていた。都を離れたところに住む人とは、清雪にとって大切な人なのだろう。そういう部分には深入りしないのが藤緒の方針だ。それゆえに、それだけの会話で終わってしまった。また再び馬車の中に沈黙が戻る。


「藤緒はあまり俺のことを聞かないな。興味ないか?」

しばらく経ったころ、清雪がそういった。藤緒は清雪と目が合ったが、その目を伏せてゆっくりと答える。


「清雪さまは、お優しいですがやや神経質で、人に過分に与える傾向があります。また、一人で抱え込むところもあり、それがやや独善的にも見えることがありますが、基本的には相手に配慮を重ねる方だとお見受けしています」

藤緒はこの数か月間、清雪を観察した結果を述べる。


「なるほど、見るところはきちんと見ているから安心しろと」

別に清雪のために観察しているわけではない。これは癖だ。そう言われると何を言っているのかという気がして、首をかしげてしまった。


そのあとは、海を見たことがあるかどうか、遠い国に行ってみたいかなど、他愛のない話が続いた。変に重たい話をされるより、藤緒はその方がよほど気楽で良かった。


道中、二回馬を休ませるために馬車が止まった。日が傾いてきているが、どうするのだろうと藤緒は心配になる。そんなとき、街明かりが見えた。


今宵(こよい)はこの街で旅人を泊めてくれるところに行きますので、今しばらくお待ちください。」

朔夜が言った。そんなところがあるのか。今さらながら、藤緒は都の外の世界に微かに心が躍るのを感じた。こんな感情は初めてだ。


旅籠(はたご)と呼ばれるその建物は、簡素だが藤緒には充分すぎるものだった。湯にも入れたし、荷物には寝間着も単衣(ひとえ)も何枚もあった。(うちぎ)もびっくりするほどあり、この先の旅の長さを感じた。藤緒は、交代で碧葉を湯浴みに行かせた。


たくさん寝間着と単衣を見ながら、出先では寝間着も単衣も洗えないのだろうか、と考える。そもそも向こうの島には寝泊りができるところはあるのだろうか。藤緒にとっては都の外なんて知らないことだらけだ。


まだ旅は始まったばかりだが、長いこと馬車に乗る旅は初めてだった。そのことには疲れていたようで、碧葉を待っているつもりが、気づけば夢の中だった。家に早く帰りたいと思わない、初めての夜であった。

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