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第2章 阿毘達磨神 2-1 新しい神

 気付けばこの邸に来て3ヶ月が経ち、年が明けて藤緒は十七歳になった。別に年齢自体に感慨はないが、いわゆる行き遅れに片足を突っ込んだ形になる。


ここにいてすることと言えば、清雪から言われたささやかな占いと、清雪に行けと言われた茶会に行くことだけ。

ある意味では藤緒の望んでいるところでもある、平坦で退屈な日々。

確かにそうではあるが、そこに自分の意思が働いておらず、そういう意味で藤緒は不服であった。

藤緒はどうすれば家に帰れるかと考えた結果、父の診療所が人手不足に陥っていないか、父に文を出した。先ほど、その返事が届いたところだ。


「案ずるな、か・・・。お父さまもなにを考えているのかしら」

(ここで人手が足りないって言ってくれれば帰りたいって言えるのに)


藤緒が平坦で退屈な日々を送っている間、清雪は邸内で忙しそうにしていたり、1日この邸にいてゆっくりしてみたり、そうかと思えば帰ってこなかったりしていた。あまり藤緒は気にしていないが、騒がしいので帰ってくればよくわかった。ただ、この3ヶ月の間、最も多かったのは不在の日なので、多忙ではあるのだろう。


「春とはいえ、まだ寒いな」

雑煮(ぞうに)のあと、花びら餅を食べながら清雪が言う。年末年始は合計七日は帰ってこなかった。でも藤緒は理由は聞かない。清雪にとってここが本邸とは思えなかったからだ。清雪には真の姿がある。


(でも私には関係ない。だから追及もしない)

藤緒は白湯を飲みながら気持ちを落ち着ける。ここにいれば気になることもあるが、本質が業務上の関係なのだから、私的なところに突っ込むことはないと思っている。


「わたしはそろそろ家に帰りたいのですが」

何度となく行ってきた台詞を繰り返す。答えはいつも『否』だけれど。

「遠出しないといけない仕事ができた。お前もついてこい」

清雪が言った。答えになってはいないが、いつもとは違う答えだった。どこに出かけるのかはわからないが、海の向こうの異国であればいいのに、と藤緒は思う。

(まあ、多分違う)


「ここから西に行ったところに、島があるのは知っているか?」

藤緒はうなづく。

藤緒は書物でしか読んだことがないが、古い山岳信仰の残る島だ。島の人たちもみな信心深いと聞く。島の大きさはわからないが、海を渡らなければならないし、都から出て旅をすることになるだろう。それについて行くらしい。


「戻るのにどのくらいかかりますか?」

「うーん。わからん。見るだけで終わればよし、対処しなければならないとなるともっとかかる」

最近の清雪は家族のような気楽さで接してくる。藤緒は、親しくなることが嫌なわけではないが、微妙な居心地の悪さを感じていた。


「何か起きているのですか?」

藤緒は首をかしげる。そこは聞いておかないと、いきなりついて来いといわれてもよくわからない。疑問は行くまでに解決しておきたいし、用意は周到にしていきたい。


「みな山を信仰していると知っているな。あの島は、そこにそびえる山々こそが神だとずっと信じ、厳しい修行をする者も多い。しかし、どうも最近新しい神を信じる者が出てきたそうだ。それを見に行くことになった」


この国には数え切れないほどの神がおり、八百万(やおよろず)の神と言われる。その多くは建国の伝説上の神であったり、帝の祖先であったり、自然の中にいたりする。

清雪がこんな言い方をするということは、今までにはなかった神を信仰しているものがいるということだろうか。でもそれの何が悪いのだろうか。海の向こうにはそれぞれの国に独特の信仰があるという。ただ、対処する必要があれば、と言っていたので、様子を見て帰ってくるだけの可能性もある。


(現地情報がないと判断しにくいってことかしら・・・)

藤緒は考える。ただ、カードたちも別に騒がないので、危ないわけではないのだろう。


出発は三日後だといわれた。三日後とは性急(せいきゅう)すぎないだろうか。清雪の元にいると、着物がどんどん増えていく。目の前に積まれるわけではないのでよくわからないが、茶会のたびに新しいものが出てくるし、茶会でない日も見たことのない袿が置いてあることもある。金とはあるところにはあるものである。

ただ、その金が藤緒のために使われていくのも、藤緒としては居心地が悪い理由のひとつでもあった。


今回は長旅だ。そんなことはしたことがないので準備の仕方もわからない。どれだけ荷物を持っていけばよいのだろう。


そんなことを考えながら部屋に戻ると、宮木が待ち構えていた。

「清雪さまより、藤緒さまの着るものや化粧道具、香などの準備は任されておりますゆえ、いつも通り、藤緒さまは手箱と経箱をお持ちいただければ大丈夫とのことでございます」

清雪は気が利きすぎていてやることがない。しかし、長旅の準備となると自分でやるにも限界があったであろうから、今回ばかりは助かったと藤緒は思った。


「碧葉は自分で準備するんでしょう?大変ね」

後ろにいた碧葉に話しかける。

「わたしの持ち物は少ないですし、男ですからどうとでもなりますので」

碧葉はそう言って笑う。この3ヶ月、どれだけこの笑顔に元気をもらったことだろう。


準備の三日間は、藤緒は特にやることがなかった。占いも頼まれることがなかったし、荷造りも宮木頼みだ。

たった三日しかないのにやることがなかったため、藤緒は何があるのか想像を巡らせていた。

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