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1-12 終わらせるために

「・・・ということが茶会でわかりました」

藤緒は清雪との夕餉の時間に先ほどの茶会で得た話をする。やや興奮気味になっていたのか、あまりにも早口で話す藤緒に、清雪はやや引いた顔をしていた。


でも、藤緒には急ぐ理由があった。頭の中で警笛が鳴り続けているのだ。

(医師ならば花が咲く時期以外でも毒草を見つけることはたやすい。お父さまもよく道端で見つけては駆除しているし。でもそれだけじゃない・・・)


「その人の交友関係を調べられないでしょうか?たとえば、同じ年ごろの子どもがいるとか」

藤緒はさらにまくしたてる。首謀者が最後の行動が最悪の結果を招く前に、取り押さえなければならない。

清雪は頭に手を当て、難しい顔をして黙っている。


(なんで黙っているの!!)

藤緒は、珍しく苛立っていた。頭の中は警笛と共にたくさんのカードたちが騒いでいて、時間がないことを伝えていた。


「巻き込んだのは確かに俺なのだが・・・。正直、ここまでの操作情報を話していいものか・・・」

清雪はぶつぶつと言っている。


「最後まで付き合えとおっしゃったのは清雪さまでは。

それに、私の感覚が警笛を鳴らしているのです。早くしろと」


「おまえは占いだけでなく直観も鋭いな。頭もいいし、なんで家に引きこもっているんだか」

清雪は半身を乗り出した藤緒を見上げながら、微かに笑う。


(最後は余計なお世話です)

放っておいてくれ、と藤緒は思う。こないだから、人に必要以上に立ち入ってくることにはまだ嫌悪感が拭えなかった。


「今日の午後、俺はここ最近の事故を洗っていた。お前の言う、左衛士府の医師の十歳の息子が、鵜野の本家の十一歳の女児と河原で遊んでいたときに川に落ちて溺れて死んだ。そんな事故が確かにあった」


「それって・・・」


子どもが都を流れる川に川遊びに行くことはあろう。上流階級であろうと、十三か十四で元服や裳着を済ませるまでは、子どもたちは比較的自由に教育されるのが今の秀眞の国のあり方だ。

ただし、帝の子はその中には入らず、鳥籠の中の生活を送っていると藤緒は聞いたことがある。真偽のほどは定かではないが。


「川遊びをして、転落死。詳細がわからないのでなんとも言えませんが、動機としては十分ですね。となると、狙いは鵜野本家の十一歳の女児」

藤緒はそう答えた。


(川か・・・子どものころに碧葉と数えるぐらいは行ったことがあるけど、そんな深い川はなかったように思うけど)

藤緒は必死で子どものころの記憶を辿る。占いよりも興味のなかった川遊びは、思い出すのに時間がかかる。


藤緒自身は、兄弟が武の才を持つのと同じように、無駄に運動神経があったりするため、川で泳げなかった記憶はなかった。しかし、転落だとすれば、泳げなかったり、落ちたときの打ちどころが悪かったりしたら助からないこともあるのかもしれない、とも考えていた。


意を決したように、清雪が立ち上がった。

「今から鵜野の家に行く。お前も来るだろう」


藤緒は慌てて支度をする。袿は茶会のときと重なると困るというので来るときに着てきたものに変えた。「藤緒」としていくのだから分相応なものが相応しいと考えたからだ。そして青い蝶の手箱、これはいつも一緒だ。


(いきなり乗り込むなんて不躾(ぶしつけ)すぎない??)

清雪はそこまでできるほどの身分なのだろうか。藤緒の言うことを全て信じてくれているのだとしても、手順というものがあるはずだ。


「行くといっても、伝手はあるのですか?」

清雪は懐から何かを取り出す。検非違使の令状だ。なぜそんなものを持っているのか。

(え?偽装だったらどうしよう??)

藤緒は、捕まったら無理やりやらされたと答えよう、と決意した。


馬車に揺られる。最初は乗り慣れなかった馬車も、少しずつどうすれば楽にいられるのかわかってきた。清雪は神妙な顔つきをしていた。ひょっとして関わる人間に知り合いでもいたのだろうか。藤緒には何の感慨もわかないが、知ってる人間がいれば思うことはあったかもしれない。


鵜野の邸に着くと、清雪は令状を見せる。

「今は夕餉が始まったところでして、終わるまで待っていただけませんか」

と家令が言うが、むしろその夕餉が危ないと藤緒の頭の中の警笛が大きくなる。


「清雪さま、夕餉はいけません。止めないと!」

藤緒が清雪の耳元でそう告げると、清雪は寝殿に向かって走り出した。藤緒は後を追う。手箱の中が騒がしい。


『決行日は、間違いなく今日だ』

アカンサスの声が聞こえる。藤緒の直感とも相違ない。確信度が高まる。


「ここを鵜野の本家と思っての狼藉か!」

騒がしい足音で何かを感じ取ったのか、鵜野の当主と思われる男の声が響いた。

「令状はここにある!」

その清雪の声に振り返った鵜野家の当主の顔は青ざめていた。それ以上口を開くこともなかった。

(本当の身分をご存知の方かしら・・・)

藤緒は不思議に思うが、今はそんなどころではない。


夕餉の献立を確認する。粥、魚、野菜の入ったあつもの、ごぼうと人参の煮つけ・・・。

すでに口にしている人もいる。男のひとりは煮つけもあつものも全て平らげていた。子どもは複数人いたが、十一歳の女児となるとあの子どもだ。幸いにして粥にしか手を付けていない。


「あつものと煮つけには手を付けないようにお願いいたします。毒が入っています」

藤緒が声を張り上げた。みなの箸を進める手が止まる。


『藤緒の読み通り、この男だ』

アカンサスの声とともに、藤緒は、すでに両方を平らげている男の前に座る。

「あなたが、今回の毒物混入の首謀者ですね」


男は目を見開いた。そして立ち上がる。しばらく黙っていた男は、天を仰ぎ、そしてこちらを向き直って女児に指を向けた。


「息子はあいつに川に突き落とされて死んだんだ!天が裁きを下さないなら私がやるまでだ!」

そして女児のそばに寄り、あつものを顔にかけた。真っ青な顔をした女児は気持ち悪かったのだろうか、口の周りのあつものをとっさに舐めた。


「舐めてはいけません。すぐ拭き取ってください!」

藤緒はすぐに声をあげる。母と思わしき女性が女児の顔をぬぐったが、母親の顔も青ざめていた。何度も顔を擦っている。


「なんであの男が犯人と分かった」

ため息交じりに清雪が言う。わけがわからないといった顔をしていた。


(なんでと言われると困るんだけども・・・)

アカンサスのことは言えないし、直感も根拠にはならないため、説明できる理由を藤緒は探す。


「ひとり真っ先に毒を平らげていたからです」

これなら納得するかな、と清雪を伺いながら、藤緒は述べる。


男は、無理心中に見せかけて全員殺そうとしていた。女児も、そんな女児を野放しにした本家の当主もその妻も、ほかの子どもたちも、みんな死んでしまえばいいと、思っていた。ここに来る道のりで、全てアカンサスが藤緒に教えてくれていたことだ。


おそらく使ったのは山牛蒡だ。根が一番有毒で、ぱっと見では普通のごぼうと違いは分からない。すり替えておけばいい。煮つけに使われるだけでよかったのに、あつものにも入れてくれたのは男にとっては幸いだったといえよう。しかも効果が出るのには四刻(よんとき)(2時間)ほどかかる。みなが食べ終わるまで何も起きない。各々の部屋に戻ったところで症状が出始め、邸中がてんやわんやになったことであろう。それがあの男の目論見だったのだ。


藤緒はずっと引っかかっていた。「次の段階に進もうとしている」というアカンサスが言っていた結果について。

さっき死んだ子の話を聞いてわかったのだ。『次の世、息子の元へ行こう』、ということを示していたと。これなら確かに次の段階だ。


最初に攪乱しておけば、本命を殺そうとしたときに、それで誰かが生き残ったとしても、犯人にとっては何も問題はない。本命が子どもなら大人より少量の毒で死ぬ。

何より犯人自身も死んで、謎のまま事件は終わる。藤緒は、そんなことはさせてたまるかと思っていた。


藤緒は清雪に頼んで、鵜野の家で夕餉を囲んでいた人間を二つに分けた。ひとつは、あつものにも煮物にも手を付けていない者。多くの子どもたちはこちらであった。

もうひとつはあつものと煮物に手を付けた者。大人たちと、先ほどあつものを顔にかけられた女児。


「吐きだせるだけ吐きださせてください。池の中に吐き出さないように。吐いたものは埋めます。」

藤緒は清雪に頼んだ。


おのおの吐こうとしているがなかなか吐けるものではない。藤緒は女児を後ろから抱きかかえると、みぞおちのあたりで腕を組み、上に引き上げた。女児の上背がまだ小さくて良かった。女児は嘔吐した。これだけ出れば舐めた程度の山牛蒡は外に出た、と信じたい。


それを見ていた清雪が、大人に対してそれを真似し、同じように嘔吐させた。粥にしか手をつけていなかった大人たちも見よう見まねで吐き出させている。藤緒はそれに任せる。大の男を同じやり方で吐かせられるほど、藤緒に力はない。吐しゃ物(としゃぶつ)は穴を掘って埋め、立ち入らないよう杭を打った。


吐かせる方を優先したためか、気づくと犯人の男の姿が見えなくなっていた。


「あいつはどこに行った!?」

それに気づいた清雪が探しに走り出そうとするのを、藤緒は袖を引っ張って止めた。


「なぜ止める」

藤緒は首を振る。犯人は山牛蒡を平らげた。そして毒物にも明るい。こうなったときのために、即効性のある毒のひとつも用意しているだろう。それであれば、今から行ったところで死体を見るだけだ。


「今は生きている人のことを考えましょう。四刻ほどして何も起きなければ、軽い症状で済めば、問題ありません」

藤緒がそう言っても気にはなるのか、清雪はその間に鵜野家の家令を犯人の部屋にやっていた。


四刻、時間が過ぎるのを待つだけではとても長く感じる時間だった。ただ重苦しい雰囲気が流れる。症状が出るのではないかと怯える人たちがいる中では、清雪に話しかけるのもはばかられた。


しばらくして戻って来た家令によると、やはりあの男はもう死んでいたそうだ。遺書を持ってきた。


清雪が当主に断りを入れてその文を開いたのを、藤緒は覗き見た。息子への思いと、残す妻や娘たちが可哀そうだからみなで一緒に逝こうといった趣旨のことが書いてあった。あの子どもたちの中には、犯人の娘たちもいて、大人たちの中には妻もいたのだ。


これから先、遺された者たちはどうなるんだろうか。鵜野家の当主が温情を見せるのか、自分の娘の不始末を詫びるのか。それは藤緒のあずかり知らぬところである。


時間が経つとともに、軽い腹痛と下痢を起こすものがいた。あの女児も、わずかに腹を痛がっていた。こればかりは毒が身体から抜けないと治らない。ただ死ぬことはなさそうだ。ぬるめの水を多く飲むように藤緒は伝えた。


清雪に呼ばれたと思われる検非違使たちに後始末を任せると、藤緒と清雪は鵜野家を去った。帰りの馬車は、お互い無言だった。

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