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バケモノと地上げと(その2)

 二週間後、例の工事事務所に純の姿があった。ブルゾン姿こそ先日と同じだが、足元は中に鉄のカバーが仕込まれた革靴風の安全靴である。重いものを運ぶ職人でもない純にとっては必須ではないのだが、まあ気休めである。

「いやぁ……意外と速く出るんですねえ、ゴーサイン」

 純が『事態終結  一式  三億円 (手付金一億円)』とだけ書いたクソいい加減な見積もりをメールで送ったのが五日前。それに対して決裁が下り、手付金の一億が振り込まれたのは三日前。そしてこちらの準備が整ったのが、昨日であった。

「先日メールした通り、今回はサンプルの回収をします」

「……はぁ」

 相変わらず生気のないエサキの生返事である。落ち窪んだ眼窩の底で濁る眼玉と無精ひげ、そして顔色の悪さが、先週よりも更に進んだ憔悴を物語る。ここがかび臭さのせいもあって、実は既に死んでいるのではないかとか、突拍子もない事を考えてしまう。

「全体的な計画は考えておりますが、もう少し詰めてから提案させていただきます。それでは、帰る時にはまた連絡しますので」

 手短にそれだけ伝えると階段を降りると、蛇腹ゲートを向いて手を振る。大型のボンネットトラックが一台、エンジン音を轟かせてゲートに現れた。でっかいタイヤが敷き詰めた鉄板をぎゅうぎゅうと踏み躙る。厳ついボディが黒々とした煤煙を撒き散らすその姿は、昭和の白黒フィルムから抜け出してきたかと思わせるほどに古臭く、鈍重で、痺れるほどの力強さがある。

「おぅーっす。どうよ、珍しく早起きした朝は?」

 運転席から大あくびと一緒に顔を出したのは、可憐な少女の顔に極限まで濁った眼を嵌め込んだ明である。

「ああ、最っ高の気分だ、このままチリになっちまいそうだ。あと十二時間寝れたらもっと最高なんだがな。

 しかしまあ、すげえなここ、バブルどころか戦前だ」

「そうねぇ、お前のトラックと同年代なんじゃねえの?」

 助手席へよじ登る。車内は小奇麗でこそあったが外見にも増して厳つく古臭い。オールスチールのキャブとラテックスのシート、その上手動ウインドウと、タイムスリップしてきたような有様であった。アンティークやらレトロやらと口先では誤魔化せない年季がある。

「うわうわうわ、冗談だろ……こんな骨董品でよくここまで――痛っ」

 背中をドンと小突かれた、無論そこに誰かが隠れる隙間はないのだが。首を傾げる純に、明が嗤う。

「口のきき方には気を付けるんだな。こいつはお前の親より歳喰ってんだ、最低限の敬意は払っとけ」

 どういう意味だと返すよりも早く、明はアクセルを踏み込み、シフトを入れる。見た目の鈍重さからは考えられない滑らかさで、トラックが滑りだした。可憐な少女の姿をした明と古臭い巨大トラックは最も遠い存在なのだが、不思議とおさまりが良い。一ミリの無駄も力みもない運転は、不気味なくらいの熟練を感じさせた。

「さぁて、一丁稼いでやるか」

 避け切れない瓦礫を踏み潰してトラックが廃墟群へと踏み込む。一瞬、何かを感じて振り向けば、工事事務所の窓からこちらを見下ろすエサキの姿があった。呪いの人形と目が合ったような薄気味悪さを噛み殺し、これ見よがしに会釈をしてやると、彼は小魚のように物陰に引っ込んだ。


 骨董同然の大型トラックは一応道を走っているのだが、如何せん道幅が狭いのと、そもそも周りがどうなろうと気にしない明の性根との合わせ技で、廃墟群の軒先を容赦なく削りながらの進軍となった。

「強引な奴だな」

「どうせ更地にするんだろ?細かい事言うなよ」

「お前が大雑把なんだよ……いや、拝み屋の業界全体か」

「あ?なんだそりゃ?」

「あんな大雑把な見積もり初めて書いたよ俺」

 明がせせら笑う。

「手っ取り早く済んでよかったろ?

 そもそも、見積もり出す拝み屋なんかいねえよ、言い値だ言い値。オレぁ長い事この業界にいるが、見積もり寄こせなんて初めて聞いたね。なんだよ、教団のフロント企業にしちゃみみっちいな」

「相手は拝み屋じゃなくてゼネコン。詐欺師まがいでも一応は会社だからな、想定外の金を動かすには会社の決裁が必要なんだろ。

 見積もりって普通は色々あるんだよ、調査費とか設計費とか……」

「内訳つらつら並べてどうすんだ?項目毎に文句付けて値切ってくるのか?」

「そうだよ、普通のことだ。ていうか何をやるか全部決めてから出すんだ、見積もりってのは」

 甘い見積もりを出せば痛い目を見る、それは人間相手ならば珍しい事ではない。特に人件費や経費を丸ごと利益だと思い込んで値切る愚か者は、恐ろしいことに一定数存在する。純にとっては正直、どんなバケモノよりも怖い。

「バカバカしい、文句つける客の仕事なんか受けなきゃいい」

「それで済むならいいんだけどな……人間相手の商売はライバルだらけだからね、どうにかして仕事を掻っ攫わなきゃ、干乾びちまう。そういう取り合いに一番効果的なのが値引きだ」

「……気が知れねえ。それで儲けが減ったら意味ねえじゃん」

 明が心底呆れた顔を見せた。君喰丸に殺されかけたときよりもヒいている。

「ヒト同士で共食いしてりゃ世話ねえ、なんなんだよ日向の連中。それじゃあ、お前は随分と善良……いやお人好しだな」

「なにが」

「手付三割で済ませるなんて、お人好し通り越してバカだ。拝み屋の界隈じゃ、前金で全額が普通だ」

 断言する明に、今度は純がヒいた。

「ああ、拝み屋基準じゃお値打ちなのね俺……それであっという間に決裁が下りたのか。どこまで阿漕な業界なんだか」

「阿漕かねえ?拝み屋はマジの命懸けなんだぜ、文字通り命の値段だ、安くちゃ釣り合わねえよ。それに対して高ェだの後払いだの成功報酬だのなんて、むしろ舐めてる」

 うんざりと呟く明の口調からは、いつもの嘲りや切れ味を感じない。本気で白けているのだろう。バケモノにそう言われると、人間としては複雑な気持であった。物陰から飛び出した影そのまま轢き潰しながら明が呻く。

「人間はバケモノを舐めてると思ってたが違うらしいな、人間のことも舐めてる。

 道理でこんな真っ昼間にバケモノが湧くようなとこを作っちまうわけだ、羅生門とかこういう感じなんだろうな。

 こんな土地をどうにかするんだ、命懸けじゃねえか。自分の命を一億で危険に晒すのは、バカのお人好し以外何がある?」

「……ぬわっはっはっは、どぉだ、ここに不可視の力が溜まってきただろぉう?」

 強引に話の腰をねじ切る純に、明が鼻で嗤う。

「妖気ストレッチマンやめろ……そういや純、トマソンがどうとか言ってたよな?ここのカラクリ」

「ああ」

「本当にソレだけか?これ」

「……まだありそうなの?」

 うんざりする純に明が頷く。

「どんだけひどおんだよ、ここは」

「ひどいなんてもんじゃねえよ、掃き溜めだよ掃き溜め。掃き溜めに生命生まれてるよ、地獄に仏通り越して生態系とか頭おかしいだろ」

 感覚で理解する者の言い回しはなかなかユニークになることが多い。もっともその感覚に共感できるかどうかは全くの別であるが。

「掃き溜めねえ……そんなにひどいのか?」

「エグいな。普通の地上げならゴミばら撒くとか、ヤバくてもダンプで突っ込むとか、誘拐するとかだろ?これはあれだ、隕石落としてクレーターに毒ガスばら撒くようなもんだ、狂ってる狂ってる。あまつさえこんなとこ売ろうとかまともじゃねえ。オレが二回言うときは本気だから本気」

「……根っこは日本が滅べばいいと思ってる連中だからな。逆に納得できる」

 切り上げてタブレットを開く。廃墟群の衛星写真を表示させ、周辺と照らし合わせる。こうもおんぼろの廃墟ではどっちを向いても似たようなものなのだが……なるべく正確にはしたいものだ。

「この先を右、ゆっくり走って……ああ、これだな」

 虚空に突き刺さるように直立する螺旋階段。高さおよそ六メートル、恐らくは三階まで届くであろう高さであるが、本来繋がるはずの家屋はとっくに崩壊し、単独で雨ざらしとなっている。全く意味のない、まごうことなきトマソンだ。

「ほぉん、こいつが悪さをしてるってことか」

「多分ね。こういうのがちょいちょいある、町を呪った廃墟なんて、マニアには刺さるだろ。

 どうせ放置しても解体屋が屑鉄屋に売り飛ばすだけだし、小遣いにしちゃおうぜ」

「純は悪いやつだな、最高だ」

 笑いを抑えきれなかったのか、明の頭皮まで歪んでいる。

「いやいや。悪さしてるモンだけだよ、回収するのは」

「悪さしてるかどうかは純のさじ加減だろ?取り放題じゃねえかよ」

 サンプル回収の名目で、いくつかのトマソンを明に引き取らせる。これなら処分後に問題が出ることもないし、ついでに明の仕入れにもなるという、一粒で何度も美味しい小賢しムーブである。

「バカ、そういうのは言わないのが美学だ」

「違えねえや。純、ここのトマソンの売り上げは八:二だぞ」

「え?八割も貰っていいの?」

「バカ野郎、ぶん殴るぞ」

 元手のかからない純に対して、明はトラックなどの準備や、売れるまでの置き場の確保等々の経費がかかる。加えて売り払う先も相当な好事家しかいないとなれば……こんなもんでも案外トントンであるかもしれない。

「ていうかこれ積めねえよな?ユニックでもこんなの持ち上がんねえよな」

 数百キロを越す鉄骨階段をどう積んだものか。仮に明が小型のクレーンが付いたユニックを用意しても、とても持ち上がりそうにない。

「任せろ」

 明はばっさと髪をかき上げると、勝ち誇ったように続ける。

「オレが趣味だけで古い車を引っ張ってくるワケがねえだろ。

 大八丸、そこの階段だ、引っこ抜いて積み込んでくれ!」

 その声にトラックはぶおんとエンジンを吹かすと、メキメキと音を立て蠢いた。運転席には誰もいないのに。金属の軋る音をまき散らし、側面のあおり板とルーフの一部がメキメキとめくれ上がっていく。捻じれあがり伸び上がったそれは、ものの数秒で巨大な腕に姿を変えた。

「おお……あのトラック、やっぱりバケモノか」

「おおよ、純の言い方で言えば、トラックを核にしたバケモノってとこだ。なにしろ八十年モノのトラックだぜ、化けねえ方が不甲斐ねえってモンだよ」

 更にあおりやロープフックが軋みながら姿を変えて、そこらの地面に突き刺ささった、どうやらアウトリガーの代わりらしい。サスやタイヤの沈み込みを無視し、転倒防止にもなる、文字通りの脚である。

 鋼鉄の腕が螺旋階段をがっしと摑む。クレーンどころか巨大ロボの腕である。

「……えらく器用だな」

「この前トランスフォーマーの映画見せたら対抗心湧いちゃったみたいでさ。生涯学習っていうのかね?いやぁ、学ぶ姿勢ってのは大事だな。生まれながらの働き者なんだろうな、流石はたらくくるまだよな、子門真人もニッコリだよな」

「子門真人泡吹くわ……逆にチャラい車とかあんの?」

「あるある、全般的にスポーツカーがチャラいな。特にイタリア車が輪をかけてチャラい、すーぐ女を口説く」

「なんで国柄あんだよ車に」

「は?人間に国柄あって人間が作った車に国柄ねえ方がおかしいだろ?」

「ん?……一瞬納得しそうになるからやめろ」

 そうして無駄話を垂れ流している間、大八丸は黙々と仕事をこなしていた。文字通りの鉄腕が重いエンジン音と煤煙をふりまいて、螺旋階段をねじ切るように引き抜き、自身の荷台へと積み込む。更に荷台の影から伸びてきたロープがそれをがっちりと固定していた

「ご苦労」

「すごいな、ユンボ持ってきたって丸一日かかりそうなもんなのに」

「そうかい。よかったな大八丸、現役の連中よりもお前の方が一枚上手だとよ」

 大八丸が前照灯を何度か明滅させて、ボンネットを歪ませる。おそらくだが、得意げに笑っているのだろう。

「よぉっし、じゃあ次に……お、いい風――違うな、妖気が流れてる」

 トマソンを除去し、空間に貯め込まれた不可視の力を散らす。その行為は濁り切ったため池の底を抜くのに等しい。

 不可視の力は水と比べれば少々挙動に癖はあるが、栓を抜けばその穴から外へ出ていくのは変わらない。この風は、穴から外へ向かう不可視の力が、こちらへと押し寄せている余波だ。

 飽和した不可視の力が更に集まって、しばらくの間はここに大量のバケモノが湧き、押し寄せるだらう。

 いや、早くも土煙を巻き上げる不気味な影が押し寄せてくるではないか。歯と目玉が無数に生えた血肉の塊や、指先が無数に枝分かれする巨大な掌等々……直視に耐えないバケモノどもが、半透明の不定形に絡めとられた混然一体の波となってみるみる接近してくる。

「うわぁ、気っ色悪ぅ」

 ひょい、と明が運転席に飛び込んだのは、正しい判断だ。押し寄せるバケモノは極めて希薄な、何も考えずに押し流されているだけの存在なのだ、真っ向から逆らわずにやり過ごしてしまえば、そのうち勝手に霧散するだろう。

「早く乗れよ純、あんなもんでも、飲み込まれたら骨も残んねえぞ」

「探してたんだ、実験台。あれなら、どうしたって誰も文句ないだろ?」

 にやりと口角を吊り上げて見せるも、明に鼻で嗤われてしまった。

「ああ、そうかい。好きにしな。死んだらオレはこのまま帰るかんな」

「そうしてくれ。ああ、この時間なら大宮駅のあたりはすげえ込むから、川越の伊佐沼の方から上尾を抜けてった方が速いぞ」

「おう、そりゃいいこと聞いたわ」

 明がばたんとドアを閉めロックまでかけた。

 さて、それを握りこんだ拳が焼けるように熱い。掌の内から溢れる不可視の力はおそらく膨大なのだろう、少し力を抜けば、水圧に暴れる消防ホースの様に振り回されそうだ。

 指の隙間から漏れる光が、押し寄せるバケモノの動きを大きく押し止め鈍らせているのが判る。それならばと純は自ら群れに飛び込み、その真ん中に思いっきり拳を叩き込んだ。

 爆発でもしたように燐光が大きく舞い上がる。粉雪か、あるいはビーズクッションを殴るに似た、極めて軽い手ごたえを残して、バケモノの波が吹き散らされていく。

 燐光が別のバケモノを掠めれば、そのバケモノが融けるように燐光と化し、弾けて舞い上がる。その連鎖反応は、視界を埋め尽くさんばかりであったバケモノを、数秒のうちに花吹雪の様に舞い散る燐光の粒へと変えてしまった。

「すげえ……これが精霊の、メミコの力か」

 ぱち……ぱち……とやる気の薄い拍手は、当然運転席の明のものである。

「思った以上だ。本体がどれだけ桁違いなのか、よっくわかるな」

「ああ、気に入ったよ。あれだな、光に、なぁれえええッ!とか言いたくなるな」

「なんでもいいけどさ……小学生の玩具じゃあ、恰好がつかねえんじゃねえの?」

 拳を開くと、そこには観光地の土産物屋でお馴染み、竜の巻きついた剣を模したキーホルダーがあった。

 よくよく見れば土産物とは異なり、細かなディティールの仕上げや鋳造バリの処理等、高度な技術で作られた逸品であることがわかるのだが……殆どの人間はそれに気付くより前に、一瞬で興味を失うだろう。それくらいありふれたつまらないものの姿をしている。

 もちろんメミコの眠っていた剣を加工させたものだ。本来宝石を模したガラス玉がはめ込まれるべきところから漏れる緑の光は、メミコの虹彩と同じ不思議な翠色であった。

「だからいいんじゃないか。この世で一番警戒されない武器だろ、これ。これなら片手に持って国際線にだって乗れる」

「あーはいはい、せいぜい使い倒してくれ。確実に世界一、いや宇宙一の高級お土産ドラゴンだ。

 あー、歴史的な遺物をこんなおもちゃに鍛造しちまって……オレが山田五郎ならドロップキックだね」

 呆れ返る明であるが、純はどこ吹く風と言った顔で

「東京タワーの先端は戦車を鋳潰して作ったんだろ?必要なら未来に向けて使わなきゃさ」

 と行ってのける。明が鼻で嗤う。

「知った口を。お前あれか裁縫箱とかエプロンでドラゴンとか恐竜の柄選ぶタイプだろ。楽しそうでなによりだ」

 うんざりと呟く明が可笑しくて、純はメミコの力の宿ったキーホルダーをくるくると指で弄んだ。

 その後も力の飽和した一帯を囲うように点在するトマソンを、順調に大八丸に積み込んでいく。

 何しろこちらは螺旋階段に手を出せるトラックだ、大抵のものは力任せに積み込めてしまう。トンネルや壁、階段などを無数に積み込んだトラックは、荷台に廃墟を凝縮したような有様であった。

 こんなものでも売り捌くツテがあるのだろう、明はほくほく顔である。こいつのお得意様である好事家の連中は、よほど節操と疑う心の無い者達のようだ。

「これで五か所か。そろそろ一服しようぜ、十時だ」

 明は返事を待たずに、ペットボトルを投げてよこした。適当な瓦礫に腰を下ろし、汗を拭う。知らないうちに随分汗をかいていたようで、一息に半分近く飲んでしまった。

「ふぅ……順調だな」

「何か所やるんだ?」

 溜まった不可視の力を抜く穴は、多ければ多いほど速く抜けるハズである。満遍なく無力化するには、できるだけ等間隔で開けていきたいのだが、これがなかなか難しい。人でも使えれば速いのだが、生憎この状況で身を守りながら作業できる知り合いが明しかいない。

「十五くらいはいきたいと思ってるんだが……一日じゃ無理かな」

「用心しろよ。噴き出す化け物に飲み込まれたら、本当に死ぬぞ」

「わかってるよ……でも、ちょっとずつ弱くなってないか?規模も小さくなってる」

「おうおう、順調に油断してらあ」

「うわぁ殴りたい、強めに、喉を」

 手元のタブレットで、衛星写真に回収したトマソンを書き込む。

 たかだか瓦礫の回収だが、やってみると思ったより時間がかかるものだ。これでも普通にやるのに比べれば、大八丸のおかげで相当手早く進んでいるハズなのだが、それでも時間がかかる。

「これさ、夕方まで粘るの危ないよな」

 純がぶん殴ったバケモノは、メミコの力で一旦拡散したものの、今でもかなりの量が不可視の力として漂っているハズだ。放っておけばやがて無力化するだろうが、夕方以降になればまた形を作るかもしれない。

「そうだな、夜になるとバケモノが湧きやすくなる、特に下級の虫けらはな。散らした妖気もお日さんと風にしっかり晒さねえと、どこで悪さするか見当が付かねえ。速めに切り上げろ、近所に他人様住んでんだ」

「悪さ、か……」

 あるいは――

「考えるなよ?周辺の人家でバケモノ湧きゃあ、クニツカミを引っ張り出せるとか」

 さっと目を逸らす。鋭く覗き込む明の視線は、純の眼窩を貫通し、脳内まで見えたようだ。

「……まさか、そんなことしねえよ」

「ほぉん……どうだかな。こんなもんまで用意して」

 ふっと目線を戻せば、明は桃味のグミを齧っていた。驚いて胸元に手をやるも、既に抜き取られた後であった。

「ッ……明、お前いつの間に」

「お前がメミコを引っ張り出すのに頭が一杯ですってツラしてる間にだ。

 本気でやめろ、洒落になんねえ。そこまで行ったら、K社と変わらんからな。クニツカミにマークさどころか、抹殺されちまうよ」

「……わかってるよ」

「そうかい……ならいいさ。

 ところで昼飯なんだがよ、この近所に有名な讃岐うどん屋があるらしんだ。なんでも主人が元プロ野球選手とか」

「なんでそんなこと調べてんだよお前は……まあいい。一つ教えろ」

「その選手のことは知らんぞ、巨人の選手なんてオレぁON砲で止まってるから……あんだよ、人が折角話の腰を折ってやったってのに」

「クニツカミって、どういう連中なんだ?」

「なんだよそんなことも……いや、拝み屋じゃなきゃ知らねえのが当然か。

 とは言っても、流石に予想ついてるよな?多分合ってる、やんごとなき私兵だ。宮内グウナイ省第二祈祷職クニツカミ。あれだな、ゴミ処理屋とかどぶさらいとか、そういう風に呼ばれるタイプの連中だな」

「……どぶさらい?絶対に町の掃除とかじゃないよな」

「もちろん、日の当たるお国の式典じゃなくて、手荒なやーつ担当って意味さ。

 まぁ考えてみろ、宮内グウナイ省がただのお飾りのお守りだと思うか?」

「……思ってますけど?」

「バァカ、ただのお飾りがどうやって年間六十億も使うんだよ。

 あれはただのお飾りじゃない。戦後に人間の宣言をさせられたが、今でも神道の頂点なのは変わらん。

 直系かどうかは置いといて、かつて神の末裔を名乗っただけの力があるのさ。本人にも、立場にも、手下にも」

「そんなバカな話が……」

「あるさ、でなけりゃ大臣やらなんやら任命のたんびに式典なんかやらねえだろ。

 ありゃあな、力の一端を分け与える儀式だ。あまりに堂々とやってるから、気付けねえのさ。

 神道の人口知ってるか?一億人超えてんだぞ。純もその一人だ。信心も深い浅いはあるだろうが、それだけ巨大な宗教のトップで、金も権力も霊力もあるのに、武力だけ無い方が不自然じゃねえ?

 守るものも沢山あるだろうに、江戸のお城のポリボックスとSPじゃ足りないだろ?」

 そう考えるとなんとなく筋が通ってしまう。一見不自然な存在に、意味と価値が生まれる瞬間というものは、アハ体験のようなささやかな快感があるものだ。

「仏教やキリスト教に塗り潰されずに存続してきた神道が、なんの武力も持たない方が不自然だろ?

 寺で葬式を挙げたり、クリスマスを祝ったりしても何も言われないのはなぜだと思う?そんなもの無視できる基盤があるからさ、この国の神道は、宗教だと思われないレベルで生活に浸透してる」

「バカ言え、神なんかいねえよ」

「神の存在と信仰は別問題だとオレは思うね。最悪神を信じなくても価値観……タブーを理解できりゃ、それは信仰の第一歩さ。

 日本は多分、そこそこの宗教国家なんじゃねえかな……ライトな連中が多いかもだがな」

「なんだそりゃ……」

「だってさ、お前意味もなくおにぎり踏めるか?見ず知らずだからって墓や祠を壊せるか?なんならクリスマスのミサをぶち壊せるか?キュウリの馬蹴れるか?イヤだろ?特定の宗教じゃなくても、それは程度の低い信仰なのさ。

 本っ気で信じてないか、逆に他の宗教を認めない位に信心深い人間は、そういう事ができる。

 そういう真似をしたくないのは、他人の中に神が存在することを許してるってことさ。結局、道徳も信仰も人間社会を成立させるルールって立ち位置は同じようなもんだからな。染み込んでるんだよ、言い換えれば価値観とか、もっと深いところにな」

 胡散臭い骨董屋で胡乱な商売をしている口から妙な説得力のある言葉が飛び出したものだ、内容よりもその温度差に面食らってしまい、軽口で論点をずらすのがやっとであった。

「ははあ、お前そうやってそれっぽい事言って商売してるんだな」

「お、その様子だと本当に知らなかったらしいな。まだまだあるぞ、ほら、何年か前にその一族の娘が結婚してニュヨーク行ったろ?ありゃあ本当は、プロテスタントに取られた人質さ。でなけりゃ弁護士の真似事してるヒモに嫁ぐもんか」

「……それくらいにしてくれ。思った以上に話のカロリーが高い」

 軽く頭を抱える純に、明はカカカと嗤った。

「そうだな、話が逸れた。とにかくクニツカミは『元神の私兵』で『やべー連中』ってことさ。

 猿田彦の末裔だとか、大昔に併合された地方豪族だの色々噂はあるが、流石にそのへんはハッタリだろな」

「それで神国の守護者、か……」

「かつて神の国を自称した日本で、他の宗教の侵攻と戦ってきた連中だ、それくらいは名乗る。

 もっとも、どこの国も自国民の由来は神の末裔って言い張ってると思うけどな」

「うーん……そんなもんかね」

「国なんて曖昧なもんさ。後ろ盾さえあれば、あとは言ったもん勝ちだ。

 長い歴史はそれだけで一応根拠になる。だから国同士はトラブルの度に話し合ったり喧嘩したりするのさ、割り込める上位存在がいねえから」

 ふぅん、と生返事を返してボトルの中身を飲み干す。助手席に空きのボトルを放り込んで――

「ん?」

 胸ポケットが妙に熱い。何だと思ってお土産ドラゴンを引っ張り出すと、その手がひょい、と操り人形のように真上に引っ張り上げられた。

「は?」

「うっげ!」

 踏み潰されたカエルのように明が呻く。なんだそりゃと見上げると、紙も切れないその刃が、虚空から現れた巨大な腕をがっしと受け止めていた。

 どうやら今まさに、得体のしれないバケモノに襲われた瞬間であったようだ。不意に引っ張り出さなかったら、この不気味に黒ずんだ腕に、純の頭はくしゃっと握りつぶされていたことだろう。

「いぃッッ?!」

 頭上ほんの数センチ、お土産ドラゴンが火花を散らしてそいつを食い止めている。

 奇妙なことに腕には何の負荷もなく、僅かな音もしない。しかし赤々と散る火花と漂う焦げ臭さから、刃と掌の間で巨大な力がぶつかり合っていることが推し測れた。

「な、なななんだよこれ!」

 僅かにのけ反るとバランスが崩れたのか、純は真後ろに弾き飛ばされて尻もちをつき、巨大な手は滑ってびたんと地面を叩いた。

 巨大な腕――その太さは純の胴回りを優に超え、黒ずんだ皮膚は古木のように分厚くひび割れている。分厚い巨大な掌からは、あらぬ方向にねじ暮れ曲がった指が無数に生え、未だ純を探すようにうねうねと蠢いている。何から何まで異形であった。

「ったくよッ!」

 吐き捨てた明が拳銃を取り出し、何の躊躇いもなく銃爪を引く。存外素っ気ない破裂音が三回、同じ回数だけ巨大な手の甲の皮が弾け、どす黒い体液が飛び散るものの、身じろぎ一つしない。

「効かない?」

「あと十四発ある。ビビるのはまだ早い」

 言いながら数発撃ち込むうちに、腕はずるりと虚空の裂け目に引っ込んだ。

「明……なんちゅうもん持ってんだよお前は……」

「便利だろう?中身は聖銀の弾丸だ。

 あとでコメダ行こうぜ、今年のかき氷おごれ」

 異常にこなれた手つきで拳銃を仕舞い込むと、明は口角だけを吊り上げて見せた。

「あんなの……今までいたか?」

「いや、ありゃあベツモンだな。トマソン以外のもう一個かもな。格が違う」

 今までのバケモノは自然現象のようなものだ。だから誰かを狙う知性もなく、手当たり次第に噛みつくだけであった。

 それに対してあれは、死角である頭上から、不意を突いて襲い掛かった。明確な知性と害意を有している証拠だ。

「……逃げた?」

「へえ、純は今ので尻尾巻いて逃げるかと思ったが……今日はずいぶん度胸があるな」

「そりゃあそうさ……仕事だからな」

 数秒の逡巡を嗅ぎ取ったか、明がまたせせら笑った。


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