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バケモノと地上げと

 宵の口に帰宅すると、自宅の鍵が開いていた。泥棒ではない、見慣れた靴が玄関に転がっている。

 臭う。酒や揚げ物に煙草、その他諸々の料理の匂いが入り混じったそれは、居酒屋に似た臭いだ。

「酒臭……いや、まだ酒の匂いだな。お前さぁ……何時間飲んでたん?ひとん家で」

「さあね。三時間までは煙草で我慢したんだがな……いつまでたっても帰ってこねえから、小腹空いてさ。

 近所のスーパーいいな、うちの近所は駅前だからってしょぼいわりに高くってよ。窯焼きピザとは気が利いてらぁ」

ソファにどっかと腰を下ろした明は、無数の空き缶を並べて缶チューハイを啜っていた。背後にはピザ、総菜、寿司、弁当にパンなどのガラをうず高く積みあげ、目の前の灰皿にはこんもりと吸い殻が山になっている。部屋中にぼりぼりと響くのは、頭頂部の口がフライドチキンを骨ごと噛み砕く音だ。

「……せめて換気はしてくれよ」

「細かいやつだな、お前のオヤジは吸ってたろ」

「だから換気しろって言ってんの。オヤジは換気扇回して、その真下で吸ってた」

 うんざりと呻いて換気扇を回す。僅か一日でごみ屋敷一歩手前になり果てた我が家の惨状に、めまいすらしてきた。

「で、何の用だ?」

 ぐちゃぐちゃになった部屋と、山になった吸い殻と空き箱を見て、それでも現実に戻るスイッチを押す……戻るんだか逃避なんだか自分でもわからなくなってきた。

「昨日の蠱毒酒に買い手がついた。だからほら、こうして分け前を持ってきたってわけだ」

 ソファの横には大きめの紙袋が三つ、覗き込むと札束が乱雑に放り込まれていた。一千万の大束が十六、一億六千万間違いない。

 領収書を書き、押し付ける。果たしてこいつが法律に則った税金を納めているかは、まるで想像もつかないが。

「現金で持ってきたの?こんなクソ重いの……」

「ああいうモンは現金払いが普通なんだよ。俺たちみてえな日陰者がいる限り、現金は消えねえさ」

 にやりと釣り上げた唇と濁った眼はまさに凶相であった。頭頂部から揚げ出し豆腐をむさぼっていなければ。

「……どうやって入った?」

 答える代わりに髪が一房、不気味な深海生物のように蠢く。ピッキングの真似事でもしたのだろう。人間の法を守る気がない事を、隠すつもりもないようだ。

「最近のカギはよくできてるな、開けるのに二分もかかった」

「ディンプルキー開けれるんかお前、素手でカギの救急車の技術を超えんな」

「褒めるなよ」

「ダメだコイツ話が通じねえ」

 日本語が通じても会話が通じない。バケモノ相手の会話はそれが普通なのだが、そいつと仕事の付き合いがあると、しんどい。

 さて、普段なら塩でもぶちまけで追い出すところなのだが……今日はそのまま向かいのソファに腰を下ろし、唐揚げをつまんだ。一丁前にカレー塩まで用意しているのが腹立たしい。だが食えば美味い。

「お?今日はノリがいいじゃねえか。飲むか?お前グレフルサワー好きだろ」

「後でもらうよ……丁度いい、呼び出す手間が省けた」

「あ?……ああ、今朝のゼネコンの件か。儲かりそうだろ?感謝しろよ、オレの人脈の広さに」

「感謝ぁ?」

 純の語気に混じる不快感に気付かずか、明は一層目を濁らせてせせら笑った。

「そうさ。いい仕事じゃないか、設計監理だっけ?良く知らねぇけど平たく言やあコンサルみたいなもんだろ?

 口先できれいごとと理想論並べて、現場の上げ足を取るだけで儲かる夢のような仕事じゃねぇか。

 あれぁよ、サルじゃなくて寄生虫から進化した連中が考えた職業だよな、きっと。

 しかも宿主は弱小とはいえゼネコン様だろ?最高じゃねえか、羨ましいね、よっ寄生虫!」

「お前なぁ……」

 露骨に顔を顰める純に、明は首をひねった。

「不機嫌だな、ゼネコンが嫌いか?」

「余り好きじゃないね……友人がゼネコンに就職して三年で鬱になって……首吊っちまった。別の会社だけどな」

 とんだブラックだったらしい。

 覚えているだけでも、日中は現場を駆けずり回っているのに、夜からの事務作業による残業時間は改竄され、台風や雪の度に通常業務に夜通し現場待機が加わり、トラブルの責任を負わされる書類仕事ばかり増え、同僚は三十日連勤を誇り、有給希望は勝手に消され、経営陣の懇意の市長の報告会にまで駆り出され、休日も電話が鳴るたびに呼び出しではと震えがっていた。会社のために自分があると刷り込まれるセミナーにも連れ出され、なにもかも無限に仕事と責任を押し付けられ、そのくせ残業代は管理手当てとして定額で総額は低い、常にそうこぼしていたようだった。

 その頃は純も仕事が忙しく、彼の話を聞いてやれなかった。あれだけ露骨に助けを求めていたのに。

 その果てしない後悔が、純にゼネコンそのものへの嫌悪感を植え付けている。八つ当たりと分かっていても、一生消えないだろう。

「そうかい。だったら丁度いい、あんな連中食い物にしちまえよ。純。

 エサキの電話、深夜だったろ?多分あいつも似たような環境にいるし、部下に対しても似たようなことしてる。あの程度の中小ゼネコンなんてどこも大差ねえよ、泡銭吸い上げて潰しちまえ」

 よくもまあここまで口が回るものだとうんざりする。久々に思い出した悪徳ゼネコンへの嫌悪感に、胸の奥がムカついてくる。

「そうそう、さっきエサキの野郎から電話があってよ。笑える電話だったぞ、ぼったくられそうだから、オレから純に値引きを頼めってさ。

見上げたクズだね。大会社にいると自分が偉いと勘違いしちまうらしい。気と頭どっちが弱いのか知らねぇが、値切りは手前の仕事だろうによ。まあ、そういう無能だからああいう厄介な仕事を押し付けられるんだろうな?

まあ、ブラックにいる人間ってのは、バカと無能と、それを搾取する悪人の三択だからな。潰せ潰せ、それが日本のためだ」

 ゲラゲラと頭頂部まで大笑いである。口汚いのはいつものことだが、一人でこれだけ大笑いするのは随分と酒が回っている証拠だ。

「……知ってたのか?連中の手口」

「手口?心霊地上げの?見たことはねぇけどあんなもん、大昔からある手口さ。あの会社は規模がでかいから目立つだろうがな。

 まあ、甘く見てたんだろうな、たっぷりぼったくってやれ。どうせ表に出ない金をたんまり貯め込んでるんだ」

 そうだなと相槌。総菜をつまみながら淡々と話を続ける。春雨中華サラダってそこまで中華っぽくないよね、とかは思っても言わない。

「じゃあ、連中が一丸教団の隠れ蓑だってのは?」

「一丸?……ああ、フロント企業ってやつか。悪い、そりゃあ知らなかった。生憎、日向の話には疎くてね」

 明と人間社会の縁遠さを考えれば嘘ではないだろう。そもそも純はこいつが何年生きているのか知らない。思い返せば祖父の友人として初対面しているのだから。

「じゃああれか、お前がズタボロな理由は教団絡みか。ははっ災難だったな」

「死にかけたよバカヤロウ」

 明が更に嗤う。サラダの盛り合わせを一口で平らげ、ドレッシングを口内に後入れしている。

「純らしくもねえや、メタルスライムよりよく逃げるお前にしちゃ、随分と好戦的じゃないか」

「そうだな、冷静じゃないかもしれない。だから、こういう事しちゃうのかもな」

 札束の入った紙袋を一つ、明の前にどかんと置く。

「ああ?今日のメシ代にしちゃ多いな」

「店の中身全部買い占めても余るわボケ。明、これで、お前の店で何が買える?」

「んん?そうだな、目ぼしいもんだと……エドゲインの後期作品とか、異次元につながるガラス細工とか……。

 ああ、最近ホムンクルスのビオトープ仕入れてさ、あれは洒落てるぞ、全然手間かかんねえし、いい声で歌う。日向に置きっぱだと死んじゃうけどな。

 どした急に、日陰の骨董品の世界に興味が出て来たのか?」

「いや、そういうコレクターアイテムじゃなくて。武器が欲しい」

 その言葉に、明は片眉を跳ね上げた。鼻で嗤わないのは、割り合い真面目に話を聞いている証拠だ。

「そいつは妙だな。メミコがいれば大抵のバケモノは……ありゃ?そういやあのUHA味覚糖の回し者、どこ行った?」

「逃げられてね」

「は?」

 純は一旦深く肺を絞ってから、今日のことを話した。まずは奇妙な廃墟群に、要塞のような丘について。

「ほぅ」

 しばらくは土産話でも聞くようなテンションであった明だったが、千絵と怨竜の襲撃の下りでは苦い顔をした。しかし、

「うーわ……いいからいいから、続けて」

 と話の腰を折らなかった。半殺しになった下りではにやにやしていたが、千絵の話のくだりでは、

「クニツカミが出て来たのか……うーわ」

 どうやら明の方がクニツカミについて詳しいようだ。明確に引いていたが、それ以上騒ぐ様子はない。

 最後にメミコと千絵が妙なやり取りをした結果、どういうわけか上下関係が固まり、メミコが去っていったこと、そこまで話し終えたころ、窓の外には夜の帳が降りていた。

「ふうん……めんどくさい話だ。そんで、その感じじゃ手ぇ、退きそうにねえな?」

「ああ」

 純が即答すると、明の髪はすぐそばに置いてあったウーロン茶を巻き取った。頭頂部にがっぷと加え込み、がぼがぼと飲み下す。

「物好きだなぁ。そんなヤクザ以下の会社、切り捨てちまえばいいのに、なんで肩を持つ?」

 明の顔は赤く、息も酒臭い。しかし、頭は随分と回転を取り戻しているようだ。

「あんな連中はどうでもいい。だが、この仕事を受けなきゃ廃墟群に近づけない」

 飲み干したペットボルが頭頂部から吐き出され、足元にごろん、と転がる。

「ほんで?メミコが出できたらなんだ?たかだか一晩付きまとっただけの、得体の知れない精霊に何の用だ?」

 言われて言葉に詰まった純を、明は鼻で嗤った。

「武器を売るのはいいさ、商売だ。クニツカミを相手にしようなんてんじゃ必要なのは武器どころじゃねえ、そりゃあもう兵器だ。

 面白いねえ、国にケンカ売ろうってか。クニツカミに歯向かってまで田舎の小悪党に手を貸して、それで?メミコが帰ってくるのか?誘拐されたわけでもないのに?話を聞く限り、自分の意思で行ったんだろ?

 帰ってきてどうするんだ?熱いキスをしてハッピーエンドか?お前いつからそんなロマンチストになった?」

 理は全て明にある。かつての国の所有者に歯向かってまで、帰ってくるかも判らないメミコにもう一度会おうなどバカげている。

 これが映画ならいい感じのシメだろうが、人生はそうもいかない。しかし、自覚もできない何かが収まりつかないのだ。全てを賭けてしまいたい衝動を抑えながら、勤めて冷静を装って絞り出す。

「……納得いかないんだ」

 理由も判らずメミコが去ったことが、それを受け入れるのが我慢ならなかった。そばにいて欲しいのか、もっと先を求めているのかすらも判らない。ただ、あまりに一方的な幕切れは認められなかった、終わりなら終わりと納得がしたかった。

「これだけじゃ、理由にならないか?」

 純の言葉に、明の髪が一房、虚空でそろばんを弾く。

「そうかい。まあ、好きにしな。一時のテンションに身を任せるやつぁ身を亡ぼすが、その時を逃すと一生後悔するからな。

 いいさ、用意してやろうじゃないか……なんかあったかなぁ」

「なんかあるだろ、メミコが無視できないレベルの」

 明が鼻で嗤う。

「そう簡単な話じゃねえんだよ。霊能にも武器にも心得のない人間が、精霊相手にするだなんてよ。

 微生物が恐竜の気を引こうってんだ、それなりに大がかりじゃねえと――うん?なんだよこれぉわ!?」

 ひょいと投げつけたそれを、明は一旦軽々と受け取った。が、ものの数秒で放り出してしまった。

「ふっざけんなよ!あの錆びた剣じゃねえか……クソが、何かあったな?」

 それを受け取った明の掌が、赤黒く爛れている。手を伸ばして拾い上げたそれは、純にとっては冷たい金属の塊のままであるのだが、ヒトの身からはみ出した明には劇物らしい。

「メミコの牙の欠片が宿ってる?らしい、貰ったんだ」

「精霊の牙だぁ?……なんなのお前、精霊が懐くフェロモンとか出てんの?」

 たとえ拳銃を突き付けたって、明はこんな引き攣った顔をしないだろう。

「やっぱり……すごい力があるんだな?」

 明は革手袋をぴっちりとはめると、指先で何度もつついてからそれを受け取った。何か仕掛けがあるのだろう、剣は僅かに浮き上がり、掌にギリギリ触れていない。

「そんな生易しいものじゃねえよ、前代未聞だね、精霊の牙なんて。

 オレにとっちゃ焼けた炭みたいなもんだ。マジのバケモノだったら消滅してるぞ」

 まるで眩しい物でも眺めるように顔を顰めているが、興味深いと顔に書いてある。

「こりゃあすげえ、精霊の力の結晶……違うな。一種の分霊かもな」

「分霊?」

「んー、クラウドで繋がってる端末みたいなもんだと思え。

 世が世なら国が興せたろうな」

 いつの時代の話だそれは、と言いたいのをぐっと堪え、純は軽く頷いた。

「それだけの力があるなら、メミコに通じるよな?」

「本人にダメージが入るかは知らんが……まあ少なくとも、無視はされめぇよ」

「それを武器に仕立ててほしい。これは加工費だ」

 ぴん、と紙袋を弾いてみせると、明の髪が紙袋から大きな札束を三つ取り出した。

「これだけあれば十分だ……本当にいいんだな?金じゃねえ、コイツは下手すりゃ聖遺物とかそういうジャンルだぞ」

「持ってて嬉しいコレクションには、心が惹かれないタイプでね。

 ゲームとかでよくあるだろ?モンスターの素材で作る武器、強そうじゃないか」

 そうかと明は頷くと、何やら仰々しい小箱に剣を慎重に転がりこませ、懐にしまい込んだ。

「少し預かる。一応聞くが、拵えの要望とか……どうせないよな?」

「ない。とにかく手軽にしてくれ、銃刀法とかに引っかからないように」

「つまんねーやつだな。冗談でも太刀とか言ってみろよ」

「ヤだよ、昔爺さんがヤクザから日本刀売りつけられてひどい目に遭ってたんだ」

 うんざりと純が呟くと、明は極々薄く嗤っていた。

「ああ……そんなこともあったな……」

「本当にマジで目立たないようにしてくれ、刀とか銃とかイカついのはナシ」

「はん、木っ端警官なんかにビビるんじゃねえよ」

「知らないかもだけどさ、俺ってば仕事以外は人間社会にいるんだ。お前みたいなお偉方に根回しとかできないの」

 鼻で嗤う明だが、純にとっては大問題だ。メミコの眠っていた剣を手に入れる前は、妖刀を護身用に使っていたこともあった。しかし、公共交通機関を使うたびに『通報されたらどうしよう』警官を見かけるたびに『職質食らったらどうしよう』と要らぬ心配に気を揉んだものである。

「まあいいや、これなら姿形は仮初でしかない、いい感じにしてやる。

 ほんで、そのバケモノが蔓延る土地はどうするつもりだ?ちまちま退治するつもりか?」

「バカ言え、これを見てくれ」

 と、スマホを開き、廃墟群で撮影した画像を数枚見せる。

 それは瓦礫に埋もれた石段であった。僅か三段、その先に何があったのか、跡形も残っていない。

「なんだよ、純。廃墟マニアだったのか?」

「あの廃墟群には、こういう役立たずのモンが至る所にあった」

「廃墟だからな」

「だが、タダの廃墟じゃない」

 枠だけ残した引き戸、骨組みだけを残したアーチ、宙ぶらりんに残った階段、ベランダも階段も無いのに二階に取り付けられた扉等々。無数のガラクタの写真を眺めて、明は首をひねった。

「トマソンのせいで、あの廃墟にバケモノが溢れたんだ」

「トマソン?……ああ、チラッと聞いたな」

「昨日は中断しちゃったけどな。トマソンってのはこういう「本来持つ機能や意味を失った意匠や構造」のことだ」

「はあ、サブカル?」

「ここで終わるならそうだな。俺じゃなくてみうらじゅんのジャンル。

 実は複数のトマソンの組み合わせは、バケモノを生み出す装置になる……ことがある。

 あの廃墟群にいるバケモノは、傘のバケモノとか化けたヒトとか、そういう原型……まあ核とでも言うか、そういうものを持たない下級のバケモノばかりだった」

 あれらは大気中の不可視の力が飽和して生まれたものだ。多くのバケモノが持つ核がないため、虫のように意思が薄弱で、存在自体が不安定であった。倒してもまた別のところに湧いて出るのも、それが原因だ。

「ああ、たまにあるな、ああいう虫けらが湧く土地……あれは一体なんなんだいホームズ」

 少々ふざけた相槌ではあるが、明の出したパスからは話をさせてやろうという意思があった。

「そういうのが大体はトマソンのせい。トマソン単体はただの瓦礫だが、使いようによってはとんでもないものになる。

 不可視の力単体では、いくらかき集めても制御されなければ、拡散して散っちゃうだろ?だがトマソンにはそれを停滞させる性質がある。これをうまいこと複数配置してやると、不可視の力に流れができる。流れを集めればその先に、異常に大きな力を停滞させることもできる。

 俺は独学でそれを実用に持って行ってる、その性質を利用して設計したのが、君喰丸の屋敷だ」

「あの和風ビックリハウスが?」

「そう。あの屋敷全体が、周囲に漂う不可視の力をほぼ無限に取り込む、そういう流れが発生する設計になってる」

「ほう、住みにくそうな分はそれで相殺か」

 大量のトマソンを綿密な計算に基づいて配置すると、周囲の不可視の力を吸い寄せる。あの屋敷にいる限り、屋敷は君喰丸の自然回復や強化を手助けするギミックとして成立しているのだ。

「逆にやればバケモノを排除する魔除けにもなるだろう、やったことはないけど。

 ところがこれを適当に、大量に置いちゃうと、ただた流れてきた力をため込むだけの吹き溜まりになる。吸い寄せるより効率は落ちるが、規模がでかいとシャレにならない。あっという間に飽和するくらい不可視の力を溜め込んで、昼でもバケモノがわく幽霊屋敷の出来上がり、ってことさ」

 端的に言うならば、バケモノが出て荒れるのではなく、荒れた空間がバケモノを産み落とすのだ。それこそ、崩れ去ってしまうまで半永久的に。

「ああ、君喰丸みたいに集まった力を消費するやつがいなけりゃ、たまる一方だろうな……じゃあなんだ?廃墟のバケモノは、吹き溜まりに湧いたハエか?」

「だと思う。バケモノを嗾けて買い叩いたのはいいが……やりすぎて大量のトマソンができた、それが不可視の力を無限に貯め込んだってところか。なにしろあの規模だ、桁違いの量が貯まるはずだ。もしかしたら、嗾けたバケモノもどこかで暴れてるかもしれない」

「廃墟そのものが超巨大幽霊屋敷、ってことか」

「そういうことだね」

「うーわ、バカバカしい」

 原理は単純なだけに始末が悪い。わざわざバケモノが湧く町を設計するバカがいるはずもない以上、これは悪行の副産物であり、ある種K社にとっては天罰に近い。純は神の存在を信じていないが、因果は巡ると思っている。

「正直とんでもないよ、マジで。ウィンチェスターハウスより大規模だ」

 それは、悪霊を閉じ込めるために膨大な数の無意味な階段や扉を増築し続けたアメリカの邸宅である。見る者が見れば決して無秩序ではなく、高度な計算によって設置されていることがわかるのだが……それは、バケモノと建築の両方に理解があり、かつ霊的には無力な人間でなければ気付けない、非常にニッチなことでもある。

「ふぅん……意外とつまんねえな。オレはてっきり産業スパイの仕業とかそういうのを期待してたんだが」

 明が退屈そうに呟いた。

「自然発生と反社がかみ合った逆奇跡だからな。スパイなんて面白い話は中々転がっていないもんさ。

 そこらの普通の拝み屋じゃ無理なわけだよ。なまじちゃんとした霊能力がある人間じゃあ、トマソンは微力過ぎて気付けない」

「流っ石ァ、純。オレぁ信じてたよお前の弱さを」

 明の皮肉は聞き流す。

「で?結局は解体しなくちゃならないんだろ?どうすんだ?元々、解体できないからお鉢が回ってきたんだろ?」

 以外と鋭い明の指摘である。いっそのこと発破解体でも出来れば手っ取り早いのだが、あんな広範囲でやったらそれこそ湖が出来てしまうだろう。

「そうだなぁ……そういや明、トラック持ってるって言ってたよな」

「あるけど……何に使う気だ?」

「仕入れに行こうよ」

「ほォん……面白いじゃねえか」

 チャラッ、と明の手の中で鍵が鳴った。最近見かけない、鉄板から打ち出したような荒っぽいメタルキーである。それを見て、純はもう一つ思いついた。

「そうだ……さっきの武器話なんだけど、一つ注文つけたい」

「ほう、お前にしちゃあ珍しいな」

「待ってろ、多分似たようなもんがある」

 あれならばいつどこで持ち歩いても問題ないし、誰に見られても警戒されることはない。なにしろ、あれが日本中に何万個あるのやら想像もつかないのだから。


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