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九話  王城へ潜入、

 

 王都への行程はまさに特筆すべきことがなく終わった。それもそのはず、オロチとシダクサが威圧感を漂わせるだけで魔獣も寄ってこなければ、勘の鋭い盗賊も襲ってこない。対してミーナはなにも感じ取れないので良いころづくの快適な旅だった。



「ここが王都……」

 ミーナも王都を訪れるのは初めてだという。テアの街も城壁がすごいと思ったが、王都は桁違いだ。テアの街が防いだのは魔獣、王都はここは幾たびの侵略者を退けてきた鉄壁、真に恐ろしいのは魔獣より人ということか。


「ギルド証が身分保障になるから助かりますね」


 

 今は王都への入城手続きの列に馬車を並べて待っている。国の中心の王都だけあって、多くの人が出入りをする。フードをすっぽり被り杖を持った魔法師風の人や、大きな魔獣を連れた魔獣使い、幌馬車に荷をいっぱいに積んだ商人など、あらゆる業種・人種の者が溢れている。



「シノブ様とミーナ様……魔獣使いと魔法師で、冒険者ギルドの方ですか。はい、どうぞお通りください」

 

 ギルド証は薄い金属の板で、本人以外が持つと色が変わるという謎の魔法技術が駆使されている。そのため身分証明としても一級品である。銀行に身分証明と、冒険者ギルド本来の目的をまったく忘れているシダクサだ。


ギルドは月に十万以上の報酬を得ることが条件らしいが、ギルドのほうに報酬の三割を納めなければならないので、手取りは七割しか残らない。三割を得ると、ギルドの事務職員の人件費や設備費を引いても莫大な金額が残る。これが帝国に直接上げられるのだから、帝国にとってはいい小遣い稼ぎだ。




「王都に着きましたけど、どうするんですか?」

 御者席から窓を通じてミーナがシダクサに尋ねた。

「王に会うために計略を巡らす必要がある。確かめなきゃいけない王はたくさん居るんだし、無駄な出費はさけなきゃね」

 シダクサはどうしたものかと思案する。彼女はどんなささいなことでも好機にしてしまいたいと、目の合った人の心の表面を垣間見ていく。これが祟り神ヤマタノオロチの情報収集だ。



 

 †




 王都ではテアの街でのような安宿ではなく、それなりの宿をとることにした。馬車を止める場所をもっている宿など限られてくるのだ。




「というわけで、極秘の作戦会議ね」

 シダクサは夕日をカーテンで遮って外から唇の動きを覗かれないようにした。無論、そんな心配を本気でしているわけではなく雰囲気作りだ。


 ミーナは紅茶を三つ用意してテーブルに置いた。


「まずね、手っ取り早く王に恩義でも売りつけようと思うの」

「はぁ」

 シダクサは騎士にでも聞かれたら大変な言い回しを遠慮なくつかう。


「さっき仕入れた情報によると、ここの王子様は今病に臥せっているみたいなの」

「そうだったのですか……」

 ミーナは純粋に王子が心配らしい。つくづく優しい子だ、とシダクサは思う。

「それも結構症状が重くて、少なくともひと月は姿を見せていないんだって」

『それを治してやるのか?』

「だめかなぁ?」

 シダクサは両手を合わせてオロチに頼み込んだ。上目遣いも忘れない。


『……仕様があるまい。その程度でスサノオが見つかればもうけものだ』

「ありがとう! オロチ様」

 シダクサはそう言うとオロチを抱き上げてソファにダイブした。


「あのー、どういうことですか?」

 オロチを抱えたままソファでごろごろするシダクサに、ミーナが尋ねた。

「んっとね、オロチ様の鱗には万病を治すという力があるんだ」

 すごいんだぞ、とシダクサはオロチの頭をかりかりと撫でる。

「なるほど、それで王子様の病気を治すんですね」

 ミーナも納得したようだ。因みにこの効用をスサノオは知らなかったため、退治して残ったオロチの大量の鱗を全て棄ててしまった。それゆえ神話には鱗についての記述がない。


「うん! でもちょうどよく王子が病気で助かっちゃった。もし健康だったら、病気にするところから始めなきゃいけないからね」

 シダクサはさらりと恐ろしいことを言い、にししと笑った。オロチもオロチで呆れる様子が無いことからそうするつもりであったらしい。ミーナは、これが二人の冗談であって欲しいと思いつつ、引きつった笑みを浮かべた。



 

  †




 翌朝早く、シダクサはミーナの操る馬車で王城の門までやってきた。歩いて来られる距離であったが、わざわざ馬車に乗ったのは、高級な馬車を見せ付けてそれなりの財力をもっていることをアピールするためだ。そうすると衛兵もなかなか無碍に扱うことはできない。 


 シダクサはミーナに手を取られて馬車を降りると、何用かと衛兵の一人が馬車に寄ってきた。


わたくし、シノブと申す、しがない旅の冒険者にございます」

 シダクサは一礼し、ギルド証を提示する。

「先日王都に入ったのですが、噂で王子殿下の体調が優れないと伺いました。それならば、と秘薬を持参したしだいでございますが、どうかお取次ぎいただけませんか?」

 丁寧に丁寧を重ねたような口ぶりでシダクサが述べた。


「しかし、ギルドの方には依頼を出していないはずで……」

 突然の来訪に戸惑う衛兵。

「ええ。これは私個人で動いておりますので、ギルドのほうは一切関与しておりません」

 手取り金が減るからね、と心の中で付け足すシダクサ。

「しかし……」

「私の薬が本物であるなら、私を追い返すことは即ち殿下を苦しめること、違いますか? それとも貴方は殿下が苦しむのを望むとでも言うのですか?」

 シダクサは僅かに付け入る隙を見せている衛兵に畳み掛けるように言った。


「……分かりました。王陛下に使いを遣ります」

「ああ、一つ言い忘れました」

 シダクサが背を向けた衛兵に声を掛けた。

「何です?」

「毒などの心配をされるのでしょう? ですから本日は材料だけを持参しており、調合はこれからであるとお伝えください」

「……承りました」




 門の前で待つことにして数十分にして、ようやく使いが帰ってきた。

「城医者と騎士の同伴に限り、シノブ殿のみの入城、および薬の調合を認めると陛下が仰いました。よろしいですか?」

 使いは既に一人の医者と多数の騎士をぞろぞろと引き連れている。

「構いません。ミーナ」

「はい」

 ミーナは馬車のドアを開けて中からオロチを抱えて出てきた。彼女はオロチをシダクサに渡すと、一礼して馬車のほうへ下がっていった。

「その魔獣は?」

 と、先頭の騎士が尋ねた。彼がこの場での責任者だろう。

「この子が秘薬の材料をくれます。大丈夫、おとなしい子ですよ。毒もありません」

 シダクサがオロチの背を撫でながら言っても、騎士たちは怪訝な表情を崩さないので、

「なんなら貴方が一回噛まれてみますか?」

 と言ってオロチを差し出した。先頭の騎士は意を決して指をオロチの口先のひとつに触れたが、オロチは指を嫌がって頭の位置をずらすだけだ。

「口をこじ開けて、無理やり指を突っ込んで噛ませないとダメですよ」

「……もういい、わかった」

 騎士は少しだけ安心しているようだった。小さいオロチでも噛まれるのは嫌だったろう。

「それはよかったです」

 



「さて、取り敢えず殿下に会わせて下さいませんか?」

 城の中に入ったシダクサが言った。

「それはできない」

 と、さきほどの騎士。むしろ騎士では彼しか口を利かない。おそらく彼が一番上位の騎士なのだろう。

「失礼ですが、貴方には聞いていません。私は医師の方に薬師くすしとしてお願いしたのです」

 子供のようなシダクサに言われたのが気に喰わなかったのか、騎士は険しい表情でシダクサを睨んだが、医師がそれを制した。


「いいだろう。患者を診ないで薬は出せないからな」

 若い女性の医師が答えた。彼女の切れ長の目にはナイフのような輝きがある。

「だがっ!」

 騎士はまだ納得がいかないようだ。門から彼はどうにも突っかかってくる。

「落ち着け、彼女はまだ成人もしていないような女の子じゃないか。それとも、騎士の君が止められないとでも言うのかな?」

 助け舟は先ほどの医師から。やり口がシダクサに似ている。力関係はこの女医のほうが上らしく、騎士がたじたじとなっている。


「ふん……妙な真似はするなよ」

 すると渋々ながらシダクサの王子との面会が許可された。

「そうだ、彼女が殿下をお助け申し上げたら、お前は彼女に真っ先に謝るといい」

 ちょっと言いすぎだが、この医師は悪い女性ひとではなさそうだ。





 投稿日間隔を少しあけるようになるかもしれません。新学期ですので、ということでお許しを。

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