七話 欲と代償
一応R15つけときました。
見事冒険者ギルドの登録試験を合格した二人は、試験官のガリウスからの合格祝いとして夕食をご馳走になることになった。
「ありゃあ寿命が縮む思いだった」彼が言っているのはもちろんシダクサの事だ。
「実際に魔獣使いがテイムするのなんて始めて見たもんで、本当にひやひやした」
「あの程度の魔獣は犬とさして変わらないんですから、私たちにとって大したことはないんです」
本当はオロチとシダクサの重圧だけで服従させていたのだから、シダクサに魔獣使いの技術はまるでない。あれはそれらしく撫で回しただけで、しかもそれはシダクサのお楽しみだった。オオイヌは毛皮が気持ちよかったと好評を受けた。
「そのチビちゃんもああやって慣らしたのかい?」
ガリウスの言うチビちゃんとはシダクサの帽子に埋まるミニオロチのことだ。彼にはこのチビが自分を楽々丸呑みにできるということを知る由もない。ミーナはオロチをチビちゃんと呼ぶ彼に引きつった笑みを向けた。
「いえ、この子は私が育てたんです」
オロチが今、口を利けないことをいいことにあることないこと言うシダクサ。オロチに言葉を教えたのはシダクサであるので、強ち間違いでもないところが余計に質が悪い。
「そうだったのか、このチビはもっとチビだったんだな」
ガリウスの頭にはさぞかし可愛らしいオロチが浮かんでいるのだろう。
「しかし、ミーナちゃんのほうも大したもんだったぞ。あそこまで自然に魔法を使えるならもう立派な魔法師だ」
「そうですか? ありがとうございます。ギルドの先輩にそう言っていただけると自信がもてますよ」
「はは、そうか。おだてるつもりじゃないが、あんたはこれからもっと化けるぜ。他の奴にはない才能ってもんを感じたね」
ガリウスの目は一流なようだ。ミーナのまだ開花していない才能を見破っている。けれどオロチやシダクサの異常さを感じ取れないのでやはり準一流ではあるが。
「まぁどんどん食って飲んでくれ。おっと、シノブちゃんは酒飲むなよ?」
オロチが酒にトラウマがあるためシダクサとしても酒は飲むつもりはない。それに子供が酒を飲んでいる姿はよろしくない。
「わかってますよ、ミーナ位になるまでは飲まないって決めてますから」
言い換えると絶対に飲まない、だ。
「おお、いい心がけだ。シノブちゃんは美人になりそうだからな、シノブちゃんと酒が飲める日が楽しみだ」
ガリウスはすでに酔っているらしい。よく見てみると彼の顔は少し赤い。シダクサはその時また奢って下さいね、と適当に受け答えした。
†
すっかり酔ったガリウスとミーナをつくりだして夕食は終わった。ガリウスは宿まで送ろうと言ったが酔っ払い二人の世話を焼くのは御免であったので、丁重にお断りした。
「気をつけるんだぞ~」
ガリウスは大きく手を振りながら叫んだ。酔っ払いの声は大きい。シダクサは苦笑しながら小さく手を振り返した。
「えへへー、シダクサ様~」
ミーナもすっかり出来上がっている。シダクサの頭や頬を撫で回すのを先ほどから止めようとしない。シダクサはすっかり参ってしまう。
「ほら、真っ直ぐ歩いて」
「シダクサ様のほっぺ柔らかい~」
「……むぅ」
『やはり酒は恐ろしい』
ミーナにシダクサが肩を貸しながら宿に向かう。ただ、身長差が大きいためシダクサが背負っているような格好だ。しかもミーナはほとんど眠りかけている。
そうやって悪戦苦闘していると、二人の青年が声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん大変そうだね、手を貸してあげようか?」
一人の青年が人の良さそうな笑顔で言った。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
シダクサは丁寧に断りをいれる。
「無理するな、遠慮しなくていいから。な?」
殆ど奪うようにミーナを取られてしまい、シダクサは戸惑った。ミーナはもはや爆睡している。
「宿まで案内してくれるかな?」
「はぁ……」
シダクサは仕様がなしに二人にミーナを任せた。
宿に付くと、なし崩し的に二人は部屋にまで押しかけてきた。これはさすがに不味いと思いつつも、言っても止めることはできないだろうから素直に従う。しまいには、
「お嬢ちゃん、厨房から冷たい水もらってきてくれるかな? 酔ったときには水が一番なんだ」
などと言う。此処まできたらオロチが舌なめずりを始める。
「分かりました、そのまま待っていてくださいね」
シダクサはあたかも親切なお兄さんたちが助けてくれたという設定で行動する。三人を部屋に残して部屋を出ると、一人の男が外で待ち構えていた。
「悪いな、静かに……ぎゃあ!」
男が手をシダクサに伸ばそうとすると、その腕が途中から無くなった。消えた腕の末端からは血がぽたりぽたりと零れ、その先は何か見えないものに飲み込まれてぐいぐいと引っ張られている。
「お兄さん、ちょっと脂が多いね」
肝臓はどんな味かな、と付けたし、シダクサが舌なめずりをする。
「あ、ああ……!」
男は震えて、歯がカチカチと音を立てた。
「じゃ、いただきます」
シダクサはすぐに振り返って戸を開けた。案の定青年たちはミーナの服に手をかけていた。
「ちっ、あいつどこ行きやがったんだよ!」
手はずとは違いシダクサが戻ってきたので、いらいらと青年の一人が言う。やはり仲間かと確認が取れた。そうでなくともすでに取り返しはつかないが。
「お前、あのガキ押えてろよ」
「めんどくせぇな」
ずかずかと青年の一人がシダクサに近づいてくる。
「オロチ様、どうぞ召し上がれ」
『うむ』
シダクサの頭からミニオロチがぽてっと落ちて、青年の足元に躍り出た。
「ふん、つぶれてろ!」
青年はオロチを踏み潰そうと片足を振り下ろした。しかしその足は突然大きくなったオロチの口に吸い込まれた。
「な、なんだコイツ!?」
「静かにして、ミーナ起きちゃうでしょ」
そう言っている間にも青年はオロチに足から徐々に飲み込まれていく。
「た、助けてくれっ!」
青年は仲間に助けを求めるが、彼は彼でシダクサの力で縛り上げられており、口もふさがれていた。
「や、やめてくれ、俺らが悪かった! 何でもするから!」
「へぇ、貴方に何が出来るって言うの?」
シダクサは意地悪く笑う。青年はすでに胸の辺りまでオロチに飲み込まれている。
「お、俺の親父は大商人だ、か、金ならある!」
「ふーん……オロチ様、ストップね」
『うむ』
「じゃあさ、貴方、自分と向こうのお友達の命に値段をつけてここに持ってきて? その子がついていくから、逃げようとは思わないことね」
「わ、わかった!」
オロチはそれなら、と飲みかけていた青年を吐き出した。食事を逃すのは残念だが、金が必要と言うのは分かっているし、シダクサの発案は尊重したい、そう思った。古今東西、夫は妻に頭が上がらないものなのかもしれない。
「オロチ様、よろしくね。妙なことをしたら食べていいや」
『承知した』
オロチの尾行つきで青年が持ってきた金は確かに大金だった。オロチが言うには、彼は家の金庫から袋に詰められるだけの貨幣を詰め込んできたのだとか。けれど生憎シダクサが目を見張ったのは金額でなく、金が硬貨でなく貨幣であるという点だ。
実は昨日今日と硬貨のほかにも貨幣の一枚や二枚は目にしていたのだが、ミーナがすべて支払いを行っていたので特に気に留めなかったのだ。つまり、貨幣が当たり前と思いすぎていたので、札束を目の当たりにしてふと思えば、ということだ。
ここらの一帯は名目上はひとつの帝国が支配しており、その中に自治的な国が多数存在する。国にはそれぞれ国王が居り、てんでばらばらな政治を行うものだから帝国としてのまとまりなどあってないようなものだ。
そんな中で唯一、統一されているのが貨幣というわけだ。文化を統一せずに貨幣を統一するのは実は賢いやり方であるし、これは帝国が紙という実質無価値なものに対して金としての価値を持たせる拘束力を持っているということだ。皇帝もなるほど愚か者ではないらしい、そんな思考がシダクサの頭を巡った。
それはさておき、地獄の沙汰も金次第な調子の青年の話に戻る。
「これだけあれば一生遊んで暮らせる、た、頼む……殺さないでくれ!」
青年はシダクサが入れるような袋いっぱいに詰まった札束を差し出して懇願した。
「いくら?」
「数えてはいないでも二億はある!」
一気にまくし立てる。表情は見ていてかわいそうなくらい必死だ。
「ふーん、貴方の価値は一億ずつねぇ……」
因みに貨幣価値は日本円換算で問題ない。シダクサはまさに値踏みするような目で二人を見た。
「まぁ、多すぎるくらいかな。帰っていいよ。あ、そうだ、忠告しておくけど、お金を取り戻そうとか復讐しようとか考えないほうがいいよ。次はお金で解決できないかもしれないから、ね?」
にっこりとシダクサが笑うと、並んだ彼らの顔の間の壁に大きな穴が開いた。シダクサの持つ不可視の蛇の頭が壁を貫いたのだ。
「わ、分かった! に、に、二度と近寄らない!」
二人の青年は部屋から転がるように出て行った。途中階段で足をもつれさせて転落し動かなくなってしまったが気にも留めない。
「ギルド、辞めよっかなぁ……」
二億以上の金を目の前に、シダクサが呟いた。




