六話 冒険者ギルド、
冒険者ギルドにいざ登録と意気込んでギルドハウスに行ったのだが、事務処理は夕方で終わりらしい。
「……宿、取ろっか」
「……はい」
残念そうに、シダクサ、ミーナは俯いた。オロチは人が居るので再びキュ、と鳴いてみた。
商業都市ということもあって宿の確保は容易であった。シダクサの服の割に安宿であったため、主人からは珍しいものを見る目で見られた。一身における和洋混在が珍しかったのもあったのだが。
特段することがないので、部屋でミーナの魔法特訓をすることになった。
「失敗したらここを夜逃げすることになるから、気をつけてね」
「は、はい」
火や水がでることはないが風も相当に危険だ。下手をすると屋根が飛んだり、硝子が割れたりする。当然そうなると弁償しなければならないが、そんなお金はない。そのときは自己破産しかないのだ。
これからミーナがするのは射的のようなものだ。シダクサが紙で的を用意したので、それを正確に打倒す練習をする。魔法の命は速く正確に撃ち出せること。経験なしのミーナは才を与えられたと言え宝の持ち腐れ状態だ。
「早く撃って」
シダクサは表情には出さないが、かなりわくわくしている。彼女は魔法は見たことがないのだ。この際、自分の使う超常の力は棚に上げている。
「でも、どうやったらいいのか……」
彼女の戸惑いももっともだろう。彼女はオロチのほうに助けを求める。
『我とて魔法なぞ使えん。自分で探すしかあるまい』
「そうだね、がんばれー」
オロチとシダクサは退屈してしまいベッドの上でころころと転がっている。それがミーナの集中を妨げているのには気づく様子はない。
しかし本当に発動する気配もない。詠唱からはじめようにも教本もなければどうしようもないというものだ。シダクサも、これはどうしたものかと思案し始めた。そして思いつきで言ってみた。
「ミーナ、あれ、吹き倒して」
『ほお……』
「そのままの位置でね。倒れろって」
「は、はい」
ミーナは息をたくさん吸って、音がするほど強く吹いた。すると到底息の届かない場所の的がぱたぱたと倒れた。
「で、できた?!」
「うん、おめでとう」
でも地味だな、と思ったのは口にしない。
「次はもっと鋭く吹いて的に穴を開けて」
「はいっ」
その後調子を掴んだのかミーナは着々と魔法を完成させていった。やはり才能ごと与えたのは正解だったようだ。
今は風で本を浮かせて、シダクサがそれを読んでいる。読みやすいようすることで、一所に留まらせる技術を習得中なのだ。
「ぶれ過ぎで文字が分身してるよ。はい、次のページね」
「はい」
「めくりすぎ、後ろまでいっちゃったじゃない」
「すみません!」
「今度は戻りすぎ、あーあ、破れちゃった」
「は、はい!」
これでも最初から比べるとあり得ないほどの進歩だ。
そんなこんなでミーナがベッドに入ったのは夜が白みつつある頃だった。
†
「ミーナ、昼だよ」
朝ではない。
『やれやれだな。結局さほどの魔法は使えなかったが』
オロチはそういうが、まさに一夜漬けで三流の魔法師が完成していた。上位の魔獣には勝てなくとも、そこらをうろついている程度の魔獣に殺されることはなくなっただろう。
「にしても、結構魔法もやっかいね」
ミーナが三流であるのは分かったが、一流の魔法を想像してシダクサは少しばかり危機意識をもつ。そもそも人が神の如き力を持っているのが異常なのだ。
『そうだな。まだまだ負ける気はしないが末恐ろしくはある』
「もし強力な魔法師と戦いになったら、いっぺんにやられないように離れて戦いましょ。そうすれば取り敢えず負けないし」
『問題なかろう。いざと言うときは眼を使おうぞ』
オロチの言う眼とは、ヤマタノオロチ特有の神の力を宿した眼のことだ。この眼には心を見通す力がある。シダクサがはじめにミーナの嘘を見抜いたのもこれによる。
何故これが切り札となりうるのか。それは、生き物の心の奥底には本人でさえ覗いてはいけない闇があるからだ。これを覗く、つまり光を当てると闇の形が崩れ心の均衡が狂う。そうなると精神は死んでしまうのだ。
ただし、心を深く覗きこむには極度の集中が必要だ。酒に酔うくらいでも発動は困難になる。ゆえに酒を飲んだヤマタノオロチはスサノオに退治されたのだ。
当時のヤマタノオロチはまだ思慮が足りないただの大きな蛇だった。高度な知能をつけたのは人間であったシダクサノヒメのおかげでもある。
「私、できればそんな深くまで覗き込みたくないんだけどね。なんだか気持ち悪くて」
『かといっても我々は人間のように進化することもない。今もっている力を全て使わなければ』
「そうだったよね、ごめんなさいオロチ様……私、まだ人間を捨て切れてないのかもしれないわ」
シダクサはオロチを直視できなくて俯いた。人間であろうとすることは、オロチを拒否するような気がして申し訳なかったのだ。
『心のあり方はなかなか変わらないものだ。智のない蛇から祟り神になるのと、智のある人から祟り神になるのでは訳がちがうのだろう。我はそれを責めたりはしない。それに我は我と違った考えの出来るそなたが好きだ』
「うん……ありがとう。私もオロチ様大好きだよ」
シダクサは目に少しだけ涙を浮かべながらオロチを抱きしめた。
「(私、そろそろ、起きてもいいのかしら……?)」
ミーナは目が覚めてもなかなか起き出せないのだった。
†
起きているにもかかわらず、いつまで寝てるの、と半ば怒られながらミーナは起床した。彼女は着替えが終わるとともにギルドハウスへ連行された。
その間、昼に起きるとやわらかな日光が差し込むのを見られない、とか、小鳥が綺麗に鳴いているわけでもなく風情がないことだ、などとシダクサは昼に起きることの愚かさをミーナに説き続けた。
「二名登録をお願いします」
シダクサが登録をしようとしたら、煩わしいことは私が、とミーナが進み出た。
「登録のための試験がありますが、すぐに行うということで問題ございませんか?」
ミーナがシダクサのほうを見ると、彼女はこくりと頷いて見せた。そのとき彼女の帽子の上のオロチは、バランスを上手く取るもので感心だ。
「それでは東の門へ移動してください。そこに担当の街騎士が居ります」
「おぉ、昨日の旅人さんじゃないか」
ガハハと豪快に笑う騎士は昨日の門番で間違いない。
「昨日はどうも。シノブと申します。本日もよろしくお願いします」
シダクサはちょっと頭を下げる。そこに神としての驕りなどはない。
「私はミーナです。よろしくお願いします!」
ミーナは深く礼をする。さしずめ、昨晩の特訓の成果を試したくてうずうずしているのだろう。
「俺はガリウスだ。試験がんばってくれよな」
街騎士というのは街が雇う警備隊のことで、本当に王に仕える騎士というわけではない。この呼び名は、みんなの安全を守ってくれる頼もしい人ということでの愛称のようなものだ。だからギルドとの兼業も許される。
さて、登録試験で行うことについてだ。行うのは魔獣の退治といたって単純だ。一人一体ずつ相手を戦意喪失させるとクリアで、危険と判断されると試験官が割り込んで助ける。その場合は不合格だが。
「この森で遭遇するオオイヌが試験対象となる。それ以外の魔獣との戦闘は俺が受け持つ」
「「倒しても構いませんか?」」
シダクサとミーナの声が重なった。シダクサは兎も角として、ミーナは少々調子に乗っているようだ。ガリウスは苦笑して、怪我すんなよ、と釘をさした。
ガリウスが強いか弱いかでいうと、強かった。彼は不意に襲い掛かってくる魔獣を剣で叩き斬り、中・遠距離攻撃が可能な後ろ二人にさえ攻撃の余地を与えない。実戦慣れしていないミーナはもちろん反応できなかった。
「そら、あそこにオオイヌがいる。ひとり行け」
「はい!」
ミーナがまず先手でオオイヌと対峙する。オオイヌは警戒してじりじりと円を描いて距離を測っている。
「ふっ」
ミーナは息を短く強く吹いた。するとオオイヌは何かにぶつかったように吹き飛び、情けない声を上げながら逃走した。相手の戦意喪失が合格条件なので殺傷力のある魔法はいらない。
「いい腕だ。合格」
ミーナは満面の笑みだ。
やがて別のオオイヌと遭遇した。今度のオオイヌは先ほどより一回り大きく、立ち上がれば成人男性ほどある。ガリウスはこれは少し試験の範疇からはずれるのでは、と思った。
「いけるか?」
「大丈夫です」
心配そうな問いに答えたのはシダクサ。
シダクサは低く唸るオオイヌに笑顔を振りまきながら、ぴょこぴょこと接近していく。たちまちオオイヌの目と鼻の先にまで近づき、ゆっくり手を下から差し出して首に触れる。
「おいおい……」
ガリウスはこれじゃあ助けられない、と顔面蒼白だ。
彼女はガリウスの心配をよそにオオイヌの首を撫で続け、しまいには抱きついて地面に押し倒した。シダクサはそのままオオイヌの腹を撫で回し完全に服従させるに至った。
「合格でいいですか?」
シダクサの問いにガリウスが答えられたのは、少しあとの事だった。
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