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五話  テアの街

 

 隣町までは歩いていくに結構な距離がある。出発したのは夕方で、街の城壁が見えたのは夜の帳が降りて久しい頃だった。


『ふむ、すまないことをしたな』

「いえ、途中魔獣に襲われる心配もないのですから、ずいぶん楽なものです」

 いろいろあった日のうちに夜まで長距離を歩かせてしまったことを、オロチは自分が原因なだけに申し訳なく思った。オロチはミーナにも背に乗るよう言ったのだが、流石に憚られるとのことだった。


「オロチ様、そろそろ小さくなっておいて」

 シダクサは途中から起きて自分の足で歩いていた。城壁が近くなったので警戒を強める。

『肩を借りるぞ、シダクサ』

 オロチは害意のない使役獣らしくするためにシダクサの肩に乗ることになっている。これも取り決めのひとつだ。


「ところでミーナ。私たちってこの街に問題なく入れる?」

「はい、街は基本的に開かれているので」

「治安は悪くないのかな?」

「そうですね、街騎士も居ますし」

「ふぅん。スサノオは騎士になんかならないかな……」

『……確かに。彼奴きゃつは王の器であった』

「あーあ、どこに居るんだろう」

 シダクサはため息をついた。


「あの、スサノオって誰なんですか?」

 ミーナはすっかり会話に取り残されていた。それもそのはず、彼女はシダクサやオロチの目的など何一つ聴いていない。彼女が今までついて来たのは、神に対する無礼を償う一心であったからだ。


「神の身でありながら罪のない人を殺した者よ。私たちは彼を裁かなければならないの」

 物は言い様、醜いこともあたかも正義のように聞こえる。


オロチもオロチで、食前酒と強い酒を飲ませられ、酔ったところを斬り付けられたとか、彼奴は女欲しさに力を振るったなど一部の経緯を省略して語った。そのためミーナのなかでのスサノオ像は極悪人で固まること請け合いだ。


『我らは彼奴を探しだすために旅をしているのだ』

 と、オロチが締めくくる。

「そんな目的があったのですね……。わかりました、私も微力ながら協力させていただきます!」

 ここに一人、正義の題目に目をくらませた者が居た。





  †




 一行が城壁にたどり着いたのは、ちょうど門を閉めようとしているところだった。

「待ってください!」

 ミーナが小走りに門番の街騎士に近寄って、閉門を遅らせるよう言う。

「早くしろ、もう閉めるぞ!」

 中年の騎士は腕をぶんぶん振って急ぐよう促した。シダクサは着物なので少々走りづらいが出来るだけ急いだ。 


「すみません、助かりました。」

「何だ、異国の旅人さんかい。そんな服で動きづらくないかい?」

「まぁ、多少は」

 曖昧な返事を返すシダクサ。完全に肯定も否定もしない言葉は、相手の予想を完全に裏切ることはなく、程よい刺激だけを与える便利なものだ。


「異国の人は記録を書いて貰うことになってる。ちょっとついて来てくれ。そっちのあんたも異国の人か?」

「いえ、わたしは隣村の出です」

「そうか。まぁ、嬢ちゃんひとりじゃ心細いだろうから付き添ってやってくれ」

「ええ、そうさせて貰います」

 この騎士は粗野な感じはするが、気配りのできる人間らしい。記録も名前・年齢・指紋と簡単なものだけで時間は取られなかった。名前はもちろんシノブのほうを採用し、年齢は適当に十四ということにしておいた。指紋はいつでも変えられるので渋ったりはしない。


「んじゃ、ようこそ、テアの街へ」




 街の中は明るく、賑わいを見せていた。テアは商業都市、近隣の村から集まった品々はここで売りさばかれる。

「そうだ、シダクサ様。服を買ってはどうですか?」

「服?」

 なんで? とシダクサは首を傾げる。

「ほら、さっきは暗かったから大丈夫でしたけど、シダクサ様の服、血がべったり付いてるし……」

 言われてシダクサは剣で刺された部分を見てみる。確かに、その部分を中心にどす黒い染みができていた。

「むぅ、気に入ってたのになぁ……」

『良いではないか。かれこれ三百年ほど着ていたのだから、そろそろ替えても良い頃合だろうに』

「じゃ早速買いましょう。私、シダクサ様に似合う服がんばって選びますから!」

 ミーナはやけに上機嫌だ。久しぶりの街で浮かれているのかもしれない。もしくは敢えて明るく振舞うことで気持ちを紛らわせているのか。

「でも、お金持ってないわ」

「私が払います。何せ村中のお金が此処にありますから」

 ミーナも結構、強かな性格をしていたらしい。




 その後、シダクサはミーナによる着せ替え人形よろしくな服選びを経験した。

「似合ってますよ、シダクサ様」

 結局、ミーナが選んだのは紫色を主体としたドレスで、ふっくらとした帽子もセットだ。手放し難かった橙色をした帯はコルセット代わりに使うことにして、シダクサは中途半端な西洋化を果たした。


この服に決めたと同時に、オロチの定位置がシダクサの頭の上と決定された。帽子に埋もれるのが心地いいらしい。


「高そうだけど、大丈夫?」

「ええ。それに前より見劣りするものなんて着せられませんから、奮発しますよ」

「そ、そう」

 意気込むミーナにそれ以上いえなくなるシダクサだった。しかし下取りに出した着物のほうが僅かに値段が高く、手持ち金は増えるだけにとどまった。曰く生地と染め方が最高級だから是非参考にしたいとか。



「ミーナ、これから旅をしながら生活していくんだけど、何かいい稼ぎ方を知らない?」

 シダクサは新しい服に身を包んでどこか落ち着かない様子だ。

「それでしたら、冒険者ギルドというのがあります」

「何となく分かりそうだけど、説明よろしく」

「同業者組合の一つで、危険や手間が伴う仕事を請け負う代行組合です。魔獣に怯えながら暮らしている私たちですから、構成員はそれなりの地位と報酬が得られると聞きます」

「……じゃあミーナも入ろうよ」

 シダクサがポンと手を打った。

「私はだめですよ、戦えませんから」

 行き成りの提案にミーナは苦笑を浮かべながらやんわりと断りを入れる。

『そうでもない』

「え?」

 意外にもオロチが口を挟んできた。ミーナは瞬きを少しの間忘れた。

『我らが守護するというのは様々な恩恵を受けると言うことだ。そなたには勝手ながら風の魔法の才を与えておいた』

「……ええ!?」

 ミーナは目をぱちぱちとさせたのち、素っ頓狂な声を上げた。 


 ミーナが驚くのも無理はない。魔法が使えれば人生が変わると言っても言い過ぎではないのだから。しかも風の魔法は目に見えないだけあって有効性が高く、攻防補への汎用性も高い優れた魔法だ。



「この世界で言う、無詠唱? っていうレベルまで上がってるから、ちょっと練習すれば最初から実戦レベルだよ」

「でも、そんなっ」

 ミーナは唐突な話で理解と心が一致していない様子だ。


「いい? 私たちは極端な話お金がなくても生きていけるけど、ミーナはそうもいかないの。だから自分で必要な分は自分で稼ぐつもりで働きなさい」

 わかった? とシダクサ。その心は養うのは面倒くさいから自分で稼げ、だ。

「は、はい」

 よろしい、とシダクサは微笑を向けた。

 

 


 その後、一行はミーナの案内で冒険者ギルドなるところへと顔を出すこととなる。



冒険者ギルドは定番ですが、私は定番が嫌いだと告白いたします。


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