終話
帝都はその主を失い、沈んだ雰囲気をかもし出していた。そこにある城の地下深くに、二柱の祟り神と人間の男性と女性がいる。オロチ、ミーナ、マルクの三人が牢に繋がれて居たところにシダクサが侵入してきたという構図だ。
「……ひどいね、それ」
シダクサは無数の剣で壁に打ち付けられたオロチを見て言った。彼女は一本一本その剣を抜き、その巨体を地面に下ろそうとする。先に開放されたミーナもそれを無言で手伝う。
『……感謝する』
オロチはシダクサの目を見ないようにして、礼を言った。彼は勝手に復讐を遂げたことを負い目に思っていた。
「オロチ様、」
と、シダクサが持ち掛ける。
「オロチ様は悪くないよ」
『しかし……約束どおり一年の従属を耐えれば、ミーナも救えただろうに……』
オロチの言葉に、シダクサは頭を振る。
「そんな約束、守られるとは思えないよ。帝位に付いても、その椅子を守らなきゃいけなくなるんだから」
『だとしても、高々数十年であった』
「そう、たった数十年。でも、その間私たちは祟らぬ相手をどれだけ殺さなきゃいけないの? 私たちは祟り神なんだよ、そんなことは許されるはずない」
『…………』
オロチは沈黙した。シダクサは今度はミーナの方を見る。
「ミーナ……ごめんね」
シダクサは絞り出すような声で言う。
「散々貴女を振り回した挙句、命を諦めてもらわなきゃならない」
シダクサは目に涙を浮かべた。これが、ミーナの見た、シダクサの初めての涙だった。
「シダクサ様……」
「おい、何をごちゃごちゃ言っている、早く私を助けなさい!」
痺れを切らしたマルクが、手錠をがちゃがちゃと鳴らしながらわめきだした。シダクサは舌打ちをして、ゆっくり彼に歩み寄った。
「今、助ける。少し眠っていて?」
「そうだ、それでいい。お、おい、何を……ぐっ!」
彼女は穏やかな表情のまま、マルクに鉄拳を下した。
「さて」
シダクサは仕切りなおしと、一つ手を叩く。それだけでマルクの気配が霧散したように思えた。しかし、上階からたくさんの足音が近づいてきた。
「見つかったか……」
シダクサは牢の入り口に手をかざし、上へと続いている唯一の出入り口を崩した。これで牢に当分邪魔が入ることも無ければ、出ることも叶わなくなった。
「ミーナ」
「はい」
「赦してくれなくても、いいから」
シダクサは服の隙間からナイフを取り出した。ミーナは怖気づくことなくその鈍い光を見つめる。
「シダクサ様」
「何?」
「私、楽しかったです」
「……嘘」
シダクサはミーナが自分のためを思ってそういったのだと思った。しかし、ミーナは続ける。
「いいえ、嘘じゃないです。シダクサ様に腐った村から救い出してもらって、王子様を助けたり、捕まって王国と戦ったり、本当に信じられない毎日でした。本当は凄くつらいときもあったけど、初めて生きてるって思えたんです」
「…………」
シダクサは何も言えずに、ミーナを見続けた。
「でも、神様は永遠の幸せなんてくれないんです。だから今ある幸せを大切にしろって、子供のときから言われて私は育ちました。そして今、私が死ぬその瞬間までが、私の最高の幸せです。幸せな中で死ねるって素敵じゃないですか」
ミーナは目に涙を浮かべている。シダクサもだ。
「だから、そんな顔しないでください」
「ミーナだって……!」
ミーナは泣き咽ぶシダクサを抱きしめた。ミーナはシダクサをこんなに小さく感じたのは初めてだった。ミーナはナイフを持つシダクサの手を取り、それを自らの首に当てた。
「私は石のせいでここまでしか出来ません。後は、お願いします」
「……ごめんなさい、ミーナ。それと、ありがとう」
シダクサが呟くと、ミーナが笑った気がした。シダクサは目を瞑り、ナイフを握る手に力をこめた。
†
「これは……」
ミーナの命の火が消えると同時に、マルクは息絶えていた。どうやら生死の同調は術者にも跳ね返るらしい。そしてやはりそのとき、シダクサの身体にも変化が起きた。彼女とオロチの身体は淡い紫色に発光し、徐々に姿が朧になってゆく。
『……祟らぬ者を殺めた罪だ』
「そっか。何千年もの旅もこれで終わりか」
『うむ。シダクサ、色々と済まなかったな』
オロチの言葉に、シダクサは首を振った。
「もういいじゃない。長い付き合いでしょ?」
『……まったくだな』
「ねぇ、またいつか……」
『ああ、またいつか』
――どこかで会おう。願わくば、平穏な日々にて。
これにて完結となります。ここまで読んでくださった皆様に感謝申し上げます。
色々と腑に落ちないという完結となっておりますが、世の中はそのようなことばかりで御座います。日々に小さな幸せを見つていくことが、人生を楽しむコツだと、作者は思う次第です。
今後、二作目を上げることがあるかも知れませんが、そのときもどうかよろしくお願いします。それでは御機嫌よう。