三十九話 シダクサ
シダクサは、以前病魔から救ったタールベルクの王子フェルディナントに「帝国にタールベルクを潰す動きがある」と報告した。フェルディナント王子は、彼にとっての命の恩人であり、密かに思い続けていたシダクサの報告になんら疑いを持つことはなく、その情報は彼の兄アーベルへ、アーベルから国王へと伝わった。もちろん、非公式にだ。
レオンとレアは「シノブから事情は聞いた」とその動きに便乗し、水面下の準備と調査をこれまた秘密裏に命じられた。
こうなると、レオンたちは堂々と行動を起こせるというものであった。もっとも、彼の性格上、国王を半ば騙すようなことはしたがらなかったのだが、こればかりは、と目を瞑った。というのも、自分らに甘えろといった手前引けないのと、やはり、自分の弟子のようなミーナを助けたかったという理由があった。
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レオンたちが調査を始めて数日が経ったころ、最悪の知らせが届いた。
それは――皇帝陛下崩御の知らせだった。
その詳細は、参謀官の使役する魔獣が夜明けの頃に皇帝の首を食いちぎったとのことで、同参謀官を呼び寄せたというマルクという名の伯爵が牢に繋がれたというものだ。また、その参謀官――シダクサは現在逃亡中であり、捕らえたものには褒章が出るらしい。
「……なんということだ」
レオンは頭を抱えた。オロチやミーナの生死は不明な上に、シダクサをこれ以上この国におくこともできなくなってしまった。
「シノブは今どこに?」
「それが、どこにもいらっしゃらないのです」
レオンは知らせを持ってきた騎士に問い、答えを得た。
「そうか。わかった、騎士を動員し捜索に当たってくれ」
「は!」
レオンはため息をついた。そして、報告に上がった騎士が退出すると、口を開き、
「……シノブ、レア、出て来い」
と言った。すると彼女らは別々の場所から姿を現した。レアは壁の隠し扉から、シノブは小さな壺からだ。
「どうする?」
「どうするもねぇ……オロチ様、勝手に復讐を遂げちゃって……」
シダクサはなげやりな感じに言う。それも仕方の無いことだろう。
「オロチ様やミーナはどうなっただろうか」
レオンはとりあえずの問題を挙げた。
「オロチ様は私が生きている限り死なないから大丈夫。ミーナは……」
「まだ生きているだろうな」
「そうかな……」
シダクサが自信を持てずに言う。
「まだ切り札を棄てるには早い。だからまだミーナが生き残っている可能性が高い。だが……」
「だが、なんだ?」
レオンが言いよどむレアを催促する。
「このままでは確実に死ぬ。そして助けるためにはマルクという奴を助けなければならない」
「ということは、例の石は心中の機能でもあったのか」
レオンが言うと、レアが頷いて、ため息をついた。
「……正直絶望的だよ。石の解術はできないとの見解に目を通したが、まったくもってその通りだった。覆すことは不可能だ。そして術者と離れたら効力が無くなるという話だが、施術後一定期間に限られるものらしい。シダクサにそう言ったのは挑発で、その期間は過ぎていたのかもしれないな。
マルクを助けるにも、極刑がすでに確定していて、これを助け出すには非合法な手しか思い浮かばない。それに助け出したとしても、奴の地位の回復にシノブたちが利用されることが火を見るより明らかだ」
場に沈んだ空気が満ちた。その沈黙を破ったのはシダクサだった。
「……二人とも、ありがとう。もう、いいよ」
「もういいって……どういう意味だ」
レオンがシダクサに詰め寄った。
「あとは、私自身がけじめを付けに行くから、これ以上二人には迷惑をかけないよ」
「どうするつもりなんだ?」
レアはレオンとは対照的に静かに尋ねた。
「とりあえずオロチ様に会う。そのあと、ミーナを……」
シダクサはこれ以上を言わずに、歯をかみ締めた。
「それがお前のけじめか」
「そう。私が殺そうとして、気まぐれで生かした娘の運命は私が決める」
「……傲慢だな」
レオンがシダクサを批判するが、そこにはあまり感情が含まれていないことが分かった。
「私は……神、だから」
「神ならそれが許されるとでも?」
レアの指摘に、シダクサは頭を振った。
「赦しは要らない。だけど、謝ってみる」
「謝るということは許しを請うことなんだがな」
「本当だね。でも、謝る。今、思っていることを伝えて、それから恨まれたい」
「……わかった、もう何も言うまい」
レアは目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出した。その目を開けて、シダクサの手をとる。
「では、いってこい。友よ」
「ええ。結局、此処に来て何も出来なかったけど、二人に会えて良かった」
「やけに嬉しいことを言ってくれるな」
レアが笑う。
「最後くらいはね」
シダクサがレオンを見た。
「……まったく、迷惑ばっかり掛けやがって。だが、またいつか会おう」
「――うん」
――じゃあ、いってきます。