三十八話 オロチ
オロチは帝都に残されていた。といってもミーナが同じ建物にいるのだが。彼は少し時間が欲しいと言って一人出て行ったシダクサを想起していた。
(思えば、もうずいぶんと経つ)
オロチとシダクサが初めて出会ったときは、食う者と食われる者という関係だった。シダクサはあまりの恐ろしさに、オロチと目が合った瞬間に気絶してしまったほどだ。そのおかげでシダクサの身体は傷が付くことなく彼の腹に納まり、しばらく永らえることになった。
(我に飲み込まれ、あの子は助けを望んだが逆に殺され、絶望した。そして我と同化し祟り神になった)
スサノオがシダクサごとオロチを殺した。その無念から、オロチの祟り神としての力がシダクサに流れ込み、シダクサの心臓と知恵がオロチに与えられた。それが離れるに離れられない縁を二人の間に結んだ。
(途方も無い年月が過ぎた。力を取り戻すために弱った人間を食らい続け、ある時は川を操り、祟り神としての名を取り戻そうと奮闘した)
何時でも一緒にいた二人であるからこそ、この世界に降り立ったときから度々離れ離れになることを不安に思ったこともあった。当初、シダクサがオロチの姿が見えずに取り乱したのは、彼女がそれほどオロチに依存していたという証拠だろう。
(シダクサが我の元を離れることが出来るようになったのはミーナのおかげか、ミーナの所為か。いずれにせよ、シダクサは我から離れていった)
旅の途中で、シダクサはレアやレオンハルトという友を得て、各王家をはじめ多くの人に存在を認知され、ハンスといった人々から慕われるようになった。
(我はスサノオを激しく憎んだが、シダクサは違った。シダクサは我が憎むスサノオの虚像を憎み、いつしかそれが虚像ということを忘れていった)
シダクサは心からスサノオを憎んではいなかった、オロチはそう思うようになっていた。
(この世界に降り立ち、シダクサは多くのものを得て、気づいてしまったのかもしれないな……自分がやはり人の子であり、恨みもするが、優しくも在れるということを)
オロチは自分が人の姿をしていれば彼女を少しは引き止められたのだろうかなどとも思ったが、無駄な仮定の話はやめにした。そしてため息さえ吐いてしまいそうな自分に気づき、どうも自分も人間臭くなってきたものだと思った。
(我も長いこと人と居過ぎた……)
(シダクサ、長いこと共に在ってくれたことを感謝しよう。だがお前は人の子、我は祟り神。そもそも相容れぬ存在だったのだ。悪いとは思うが、我は我の逝き方を選ばせて貰おう)
オロチはこのような思考を何度も繰り返した。自分を納得させるように、何度も、何度も。
やがて幾度か日が巡ってから、彼は動き出す。
――自らの最期の道を切り拓きに