三十七話 慟哭
「結局、お前は何がしたいんだ?」
こう言うのはレオン。シダクサは今、タールベルクを訪れており、帝国の参謀官という地位を利用して王城に居座っている状態だ。この部屋にはシダクサ、レオン、レアの三人がいる。
オロチは、帝国にいるミーナについているためこの場にはいない。彼の言った言葉に答えを出すまで、シダクサは彼と会わないつもりだ。
「ほんと、どうしよ……」
シダクサは二人に今までの経緯をすっかり話していた。もちろん、タールベルクを潰す話も綺麗に話してみせ、二人をぎょっとさせていたが、本当にそうするつもりはないとも語った。
「時間がないって、その……死ぬのか?」
質問をしたのはレアだ。これに対してシダクサは頭を横に振った。
「死にはしないけど、どんどん人間に近づいていくの」
「オロチ様もか?」
「オロチ様は……どうだろ。オロチ様は一応召喚してるし、もともとが強大すぎるから当面は大丈夫」
「ふむ、そうなると問題はシノブか」
レアが言うと、シダクサは小さく首肯する。
「不意打ちでマルクとか言うヤツを始末してしまえばいいのではないのか?」
「それは躊躇われるかな。例の石がどんな制御をしているか解らない以上、術者に危害を加えたときの影響が確定できないから」
だから悩んでるんだよ、とシダクサは付け加えた。
「では、石の情報を集めるのが先だな」
レアが言うと、シダクサは小さく頭を横に振った。
「情報の隠蔽がされてるの。正直、私だけではもう調べられない」
「『私だけでは』ね。わかった、協力しよう」
レアがレオンを見ると、彼も渋々ながら頷いていた。
「いいの?」
「そうしないと、タールベルクが滅ぶんだろ、仕様がない」
レオンはわざとらしくやれやれ、と言う。
「あ……ありがとう」
シダクサの口から素直な感謝の言葉がでた。それが意外すぎたのか、二人はどちらとも無く笑い出した。
「ちょっと、何で笑うの?」
シダクサとしては笑われたことが心外で、二人に抗議した。
「いや、すまない。シノブがここまで素直なのがおかしくてな」
クククといまだに笑いながらレアが答える。レオンも同意見らしく、それに頷いていた。
「あー……なんか疲れる」
「それで、猶予は?」
「ん、タールベルクへの出兵が行われるまでの、そう……一週間」
「いやに短いな。というかシノブがタールベルク進軍とか言い出さなければこっちに火の粉はふりかからなかったのではないか?」
レアが正当な反論をする。シダクサが答えようとすると、
「シノブとしてはどうしても助力が必要だったのだろう。こうすることでシノブも俺たちも引けなくなるし、オロチ様の望む早期解決が絶対条件になる。敢えて自分を板ばさみに追い込む……シノブなりの覚悟か」
レオンがシダクサに代わって答えた。
「まぁ……そんな感じだね」
シダクサとしては考えを見透かされたようで少々気分がよくなかったが。
「だが、」
レオンはここでシダクサに目をやった。少々表情が険しいため、シダクサも思わず身構えてしまう。
「もし、本当にタールベルクに軍が来たらどうするつもりだ?」
レオンは国を守る騎士として、シダクサに対して怒りを覚えているようだ。
「……そのときは私が止めてみせる。これでも参謀官、一軍を止める権利もあるし、最悪、身を挺してでも前線を葬る覚悟くらいはある」
「その体でか?」
レオンは傷が癒えきらないシノブの腕を指差した。
「見くびらないで。私はまだ人になってない。首だけになっても喰らい付けるんだから」
シダクサの声が思った以上に低く、殺気さえ篭っていたため、レオンはシダクサの覚悟のほどを嫌でもうかがい知れた。
「……そうか、ならいいんだ。すまなかった」
「あ……ううん、私こそ……二人を利用、して……」
レオンが謝られたことで、シダクサは逆に罪悪感にさいなまれた。彼女の声は今にも泣き出しそうに震えている。
「私……嫌なヤツだよね……。何をするにも祟り祟り……。そのためには誰だって利用するし、人もたくさん殺しちゃう……。私、他に、なんにも、見えてないよ……!」
シダクサは言いながら抱え込んだ膝に顔をうずめて、咽び泣いた。突然のことにレオンもレアも戸惑いを隠せなかった。しかし、レアはすぐにシダクサの横に添い、彼女の小さな身体を抱き寄せた。
「シノブ、お前はミーナを助けたいんだろ。祟りだけじゃない」
レアは普段より優しい声で、幼子をあやすように言った。
「何にも見えてないなら、ミーナに構わず皇帝を殺してしまっているよ。大丈夫、シノブは優しい子だ」
「優しくなんてない……私、たくさん殺したの……!」
シダクサがゆっくりと顔を上げて、レアに投げかけた。
「そうじゃない、過去のことを言っているんじゃないんだ。今、シノブは他人のために悩んでいる、それで十分なんだ」
レアはシダクサの頭に手を置いて、わしわしと乱暴に撫でる。
「今……?」
「そうだ、今だ。シノブは今、過去を悔いて涙を流した。それは祟る心では出来ないことだよ。シノブ、お前は自分で思っている以上に、ヒトなんだ」
「私が、人?」
シダクサは泣きはらした顔に、きょとんとした表情を浮かべた。
「そうだな、しかもまだ子供だ」
言葉を飲み込めていないシダクサに、レオンが言う。
「子供なら、大人に迷惑を掛けろ。それで成長していけばいいんだ」
レオンはシダクサの頭をぽんぽんと叩き、ますますシダクサを不思議がらせた。
「シノブ、私はお前を友だと思っている。今は甘えろ」
「ああ、今回だけは助けてやる」
屈託無く笑う二人を見て、シダクサは不思議な気持ちになった。今まで散々迷惑を掛けてきたのに、それを許して、二人は自分を受け入れると謂う。自分の何百分の一も生きていない人間がだ。
そう考えると、なんだか自分がとても小さく感じた。同時に、それを嬉しく思った。だから、
「ありがとう」