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三十六話  絶望の匂い

 シダクサは帝都へと戻っていた。もちろんミーナやオロチも同行しており、アレンス国には帝国から派遣された行政官などが後を引き継いでいる。



「アレンスを直轄地に、か。よい働きだ、参謀官」


 シダクサは今、単身皇帝に成果の報告をしているところだ。場所は王の執務室であり、あまり公的な場ではない。彼女はオロチが勢いあまって皇帝を殺してしまわぬように部屋に置いてきており、自身も殺気を抑えるのに必死だ。


「ところで、その腕はどうした?」

 皇帝がシダクサの左腕を指差す。

「……アレンスで受けた襲撃の際に少々。ご心配のほどではございません」

 

 彼女は今、左腕に包帯が巻かれている状態なのだが、それは服に隠れて見えはしない。それに気が付く皇帝は鋭いとしか言いようが無い。


「そうか。おい、外してくれ」

 皇帝は傍に控えている警護の騎士に声を掛けた。騎士は意を唱えることなく退出する。


「何故、怪我が残っている」

 彼は部屋に二人だけとなると、そう切り出した。

「はぁ、怪我とはすぐには癒えにくいものかと」

 シダクサはとりあえず惚けてみることにした。

「そうではない。なぜ、神であるお前が怪我を残している?」

「……やはりご存知で」

 シダクサは面白そうにさえ言ってのける。

「当たり前だ。そうでなければ――」

「わざわざミーナを誘拐してまで囲い込みはしない」

「……そうだ」

 二人とも最初の謁見ではお互いにお互いの状況を理解していたとの考えを持っていた。ゆえにいまさらそれが暴露されたとしてもなんら問題がないという判断だ。


「臣下の前ではよい演技でしたね」

 シダクサは最初の謁見を思い出し、嫌味を言う。

「質問に答えろ」

 彼は嫌味についてはろくに反応さえしない。シダクサは残念そうに肩をすくめた。

「周囲へのアピール」

「は?」

「自ら苦労してアレンスをもぎ取ってきた、とね。そのほうが真実味とか、或いは親近感とかわかない?」

「それだけか」

「ええ」

 シダクサは言い切って、後に何も語ろうとはしない。

「わかった。下がれ」

 皇帝が言うと、シダクサは不敵な笑みを浮かべたまま、礼もせずに部屋を出た。







    †






 『傷はどうだ?』

 部屋に戻ると、オロチがシダクサに尋ねた。シダクサはベッドに身をうずめて、枕元のオロチに視線をやった。

「もう殆ど治ってる」

『そうか……』

 人間よりは三、四倍ほど治りは早いのだが、神としては致命的に治りが遅かった。

『やはり、そろそろ限界か』

「やっぱり転生しないで顕界した弊害でしょうね。これはことを急ぐ必要がありそうだよ」

 シダクサはため息をついた。ちなみに転生して顕界しているのはスサノオであり、こちらは絶大な力と記憶は失われる代わりに、安定したある程度強力な力を保持できると言う利点がある。

『ならば道は限られる。残念だがミーナは……』

 オロチは口惜しそうに言うが、その意味は残酷極まりない。

「待って……それは……」

『目的を見失っては我とて困る』

 いつに無く、オロチが強い口調でシダクサに言った。シダクサは「でも……」と繰り返すだけだ。


『シダクサ、今一度考えてくれぬか?』

「……うん」

 シダクサは、顔を枕に押し付けた。







   †








 シダクサは、マルクの館まで赴いていた。彼女はマルクを見つけると、あからさまに顔をしかめたが、彼はめげることなく彼女に声をかける。


「これはこれは。アレンスではお手柄でしたね」

「そう、ありがとう」

 シダクサはマルクの目をしっかり見ることはしない。

「でも……調査団、見殺しにしましたね」

 マルクは批判的に言うが、反面面白がっている風でもある。

「お守りまで仕事のうちではないからね」

「実は、煩雑な手続きを飛ばして占領したかっただけではありませんか? 調査団が殺されれば問答無用で王国を解体できますからねぇ。本当は貴女が殺してしまったのでは?」

「……どうだっていいじゃない、結局は私の手柄は貴方の手柄。皇帝の椅子が近くなったら彼だって殺してあげるわ」

 シダクサの話を聞いて居る間、マルクは終始にやにやとしていた。

「何?」

 それがシダクサの癇に障った。

「いえ、貴女は恐ろしい方だ」

「ふん。ところで、アレンスで例の石を見かけなかったのだけど、貴方の仕業?」

 シダクサが奇妙に思ったこと、それは一連の戦いにおいてアレンスの開発したという魔法封じの石が一回も姿をあらわさなかったことだ。

「ああ、そのことですか。当然、我々の仕事のうちですよ。製造法から全て取り上げましたとも」

「やっぱりね、ご苦労様。おかげで仕事がしやすかったわ」

「それは何よりです」

 

 マルクが笑みを浮かべるのに、シダクサは苛立ちを感じていた。もしアレンスになにかしらの技術が残っていれば、ミーナを救えたかもしれないという思いがあったのだ。マルクがシダクサの行動を予測して石の技術を隠蔽したのなら、この勝負はシダクサの敗北である。


 そんな彼女の心情を見透かしているかのように、マルクは笑っているのだ。しかし、シダクサはマルクに危害を加えるわけにはいかない。


 何と言っても、彼にはミーナという人質がいるのだ。マルクはミーナの魔力を操る手法を石のようなものを用いるという以外一切外に漏らしていない。それ故下手にマルクを殺してしまうことが躊躇われる。



「それで、ご足労の理由はなんですか、参謀官殿」

 話が逸れていたことは確かであり、シダクサも気を取り直してみることにした。  

「……ミーナをまた貸して貰う」

「ほう、それは何故です」

 マルクは目を細めてみせる。彼は彼なりにミーナに関しての危機管理を行っておきたいのだ。

「タールベルクを潰す」

「アレンスの次は強国タールベルクですか。一応言っておきますが、規模が違いますよ」

「知ってる。でも、これが成功すれば、貴方の株は一気に上がる」

「それは勿論そうでしょうが、ずいぶんと事を性急に運びますね」

「一年は短いの」

「……そうですか。しかし、今回は彼女を貸すわけにはいきません」

「何故?」

 シダクサがマルクを睨む。

「ひとつ、石のことでわかったことがあります」

 マルクが何やら語りだしたので、シダクサは黙ってそれを聞く。

「どうやら、あの石は術者――つまり私ですが――と一定以上の距離を取るとその力が働かないようなのですよ」

「なっ……!」

 シダクサは目を見開いた。もし、彼の言が真であるならば、シダクサはミーナ救出のチャンスを逸してしまっていたということだ。

「ですから、今後は彼女は私の館から遠くには出さないことに決めたのです。残念ですが、お引取りください」


 マルクは一礼して去って行った。


 シダクサは暫く呆然と立ち尽くし、ややあってから扉を破壊して館を飛び出した。





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