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三十五話  アレンスの革命

 シダクサの前後にはアレンスの騎士たちが集っていた。シダクサが歩くにつれてその塊が移動していくのだから、まるでそれが一つの生き物のようにも見える。


 シダクサはその中心で主に魔法を主とした攻撃に晒され続けていた。


「これは堪えるなぁ……」


 シダクサは雨のように降り続ける魔法やら矢などの攻撃に懲り懲りといった風だ。

 

 彼女は不可視の蛇の身体で身を守っているのだが、所詮生身を生身で庇う行為、限界はある。背に腹はかえられなくても、背がもたなくては意味が無い。


「――散れ」

 シダクサが攻撃の間隙を見出して腕を振るうと、前後の騎士たちが薙ぎ払われてばたばたと倒れた。一々食べつくすにも手間が掛かるので、一時的にでも戦闘不能にできればよいとの考えだ。シダクサはこの隙を逃さず、倒れこんだ騎士たちの上を一気に駆け抜けた。


 


「……なんなんだ……今の力は?」

 シダクサに吹き飛ばされ、軽い脳震盪をおこしていた騎士が意識を取り戻して呟く。彼がシダクサが走り抜けた後をみると、赤い点々が線をつくっていた。

「一矢報いることは出来たようだが」

 彼は依然として走り続ける少女を見送るしかできなかった。 








「ん?」


 シダクサは自分の左腕に冷たいものが突き刺さっているのを見つけた。さきほどの攻撃には頭部も尾部も使ったため、一時的に防御がなくなったのが原因だ。


 彼女は右手でそれを掴むと、一気に引き抜いた。血が噴出したが、気にも留めずにだらりと腕を下ろして血の流れるままにする――が、思い直して裾を千切って止血をした。


「……時間がない」


 彼女は言葉とは裏腹に、赤い筋を廊下に残しながら、王の部屋へとゆっくり歩いていった。







    †






「逃しただと?」

 アレンス王オスヴァルトが、報告にきた騎士に怒鳴るように言った。


 彼がしとめたかったのは帝国の調査団であった。彼は帝国の調査が入れば我が身からホコリが出てくるのは明白と判断し、それならばいっそ調査団を消してしまったほうが時間稼ぎになると踏んだのだ。


 幸いにして、この世界では情報伝達は手紙くらいなものだから、そんな乱暴な作戦が成り立つ。


「申し訳御座いません……」

「バカ者が! 決して城から出すな!」

 彼が叱咤していると、扉が開いてもう一人騎士が走ってくる。

「王陛下! 一大事です、民衆が城の庭に!」

 彼は庭先まで押しかけている人々を指差した。オスヴァルトはその様子を信じられないものを見るように見た。

「城門を開けたのか?!」

「いえ、どうやら強力な魔法師が複数いるようです」

「……平民にか?」

 平民に強力な魔法師というのはいささか考えづらいものがある。

「違います。戦争の反対を唱えた魔法師を幽閉していた牢獄が襲撃されたようです」

 その牢獄こそ、シダクサも捕らえられていたところだ。この襲撃にはハンスも一枚噛んでいるが、これは余談。オスヴァルトはその報告に舌打ちをする。



「……やつらの代表を数名城に招きいれろ。その間に城壁を補修し、対魔法の結界を強化しておけ」

「はっ!」

 指示を受けた騎士は急ぎ命を実行すべく、王の前から姿を消した。

「厄介な……」


 警護の騎士以外、部屋から居なくなったところで王は呟いた――が、その声は衛兵の絶叫でかき消された。ただ事ではない雰囲気に王は椅子から立ち上がり、傍に居た騎士たちは剣に手をかけた。


「何事だ!」


 オスヴァルトが辛うじて威厳の篭った声で扉の向こうへ声を飛ばした。すると片方の扉がゆっくりと開き、真紅の服を纏った少女がひょっこりと顔を出した。


「その服……帝国の者か」


 シダクサは傷を負った左腕を庇いながら、オスヴァルトの近くまでやってきた。騎士たちが剣を抜いたが意に介さない。


「久しぶりですね、オスヴァルト殿下……いえ、今は王でしたね」

 シダクサは道化のように礼をしてみせた。

「お、お前は薬師!」

 オスヴァルトは意外な人物の登場に戸惑った。そして何時の間にか彼女の背後にとぐろを巻く巨大な蛇のような魔獣に冷や汗を流す。


「……いまさら事細かに言う必要はないでしょう」

 シダクサは静かに言った。

「貴方の王政はこれまでです」


「ふざけるなッ!」

 彼の怒号とともに、騎士たちが切りかかってきたが、八人未満であったため敢え無くオロチの餌食となる。

「ひっ……!」

 一瞬で頼れる騎士たちが居なくなったことで、オスヴァルトは狼狽する。

「貴方は私を欺き、利用しました。これはその報いです。私は祟り神シダクサノカミ、貴方を殺す存在です」


 これがアレンス王国最後の国王オスヴァルトの聞いた、最期の言葉となった。











   †









 オスヴァルトの遺体が納められた棺が城の庭に出された。これを見た人々は、圧政の終末を確認し、沸きあがった。


城に仕える貴族たちはこれを見て絶望し、自分たちの時代の終わりを予感した。そう思っているすぐ傍から、彼らのもとにはレジスタンスが中心となる市民軍がやって来て、彼らは身柄を拘束されてしまった。





 主の居なくなった王の間に、ミーナに連れられ、レジスタンスの幹部らがやって来た。その玉座にはすでにシダクサが腰掛けており、後ろには巨大なオロチが控えている。


「貴族たちは?」


 シダクサは当たり前のように玉座から声を掛けた。レジスタンスたちはオロチとシダクサの威圧感からそれに対して何も言えない。


「王都の貴族はおおむね捕らえました。田舎貴族には知られたところで既に手遅れでしょう」

「そう。ご苦労様」

「それで、あの……」

 レジスタンスの幹部の内から、今の状況を尋ねる、というよりも訝しむ声が上がる。

「何?」

 シダクサは意味を知ってなお確認を取る。

「……今後、国はどのように?」

 玉座に座るシダクサに、レジスタンスたちの視線が集まった。


「向こう一年は帝国が直轄地として運営する」

 シダクサは残酷なことを彼らに告げた。ミーナは何時の間にかシダクサの後ろに控えており、その目は閉じられている。


「どういうことですか!?」

「話が違います!」


 非難囂々といった様相に、シダクサは肩をすくめる。


「たった一年じゃない。それだけで帝国貴族であるアレンス家への反逆行為を許そうと言ってるの、理解できない?」


「それは……」

 それでも腑に落ちないといわんばかりだ。シダクサはため息をついた。


「じゃあいいよ、帝国への反逆行為として、国民を皆殺しにしてあげる。ミーナ、帝国に連絡を」

「畏まりました」

 ミーナはシダクサに礼をして扉へと歩を進め始める。


「ま、待ってください!」

「なに?」

 呼び止められたことで、シダクサが答え、ミーナは歩を止めた。

「少し、時間を……」

「ミーナ」

 意地悪そうな呼びかけに、ミーナは再び足を運び始める。

「わ、わかりました! 一年間、帝国直轄地としての運営を任せます」

「――いいでしょう。ミーナ、戻って良いよ」



 一同はこの理不尽な神に内心毒づいた。



「数日のうちに帝国から行政官が到着する。ここにいるメンバーで行政に携わりたいという希望をもつ者は私のところまで来ること。では解散」



 だから、意外な言葉に少しだけ喜んだのだった。


 









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